『世界最年少日本人監督』となった東山晃の挑戦

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2018年シーズン、モンゴル1部リーグのアンドゥードゥ・シティFCにて監督を務めた東山晃。当時28歳の彼は『世界最年少日本人監督』として、チームをリーグ戦3位に導いた。今までのサッカー人生を振り返っていただき、なぜ28歳の若さで監督となったのか。また、今後の展望などについてもインタビューをした。

世界最年少日本人監督誕生

2018年、当時28歳だった東山晃(ヒガシヤマ アキラ・以下:東山氏)はモンゴル1部リーグのアンドゥードゥ・シティFCと契約。しかも、選手としてではなく”監督”として契約。『世界最年少日本人監督』が誕生した瞬間だった。

元々”ゴヨFC”としてモンゴルリーグに参戦していたチームは、2018年シーズン開幕から2試合を消化したところで、急遽新オーナーが就任。このことがきっかけで、チーム名は”アンドゥードゥ・シティFC”に改名。そのタイミングと同時に、新オーナーの意向でチームは日本人監督を探していた。

その当時、東山氏はニュージーランド最南端のインバーカーギルという街で、サッカー選手・アカデミー指導者・語学学校の学生、という生活を送っていた。そんな東山氏の元に、人との繋がりを通じて「モンゴル1部リーグのチームで監督をしないか?」というオファーが届く。

「国の1部リーグで監督をやれるチャンスは一生に一度あるか無いか。このチャンスに人生を賭けよう。」

決意を固めた東山氏は、モンゴルで監督となる道を選択をした。

2018年シーズン、モンゴル1部アンドゥードゥ・シティFCに就任した東山晃氏。月間優秀監督賞を受賞した際の様子。

※写真:本人提供

プレーヤーから指導者へ。そして…

1989年11月9日生まれ、福井県出身。プロサッカー選手になることを夢見て子供の頃からプレーしてきたが、北陸大学卒業の際はJリーグのチームに見向きもされない存在だった。それでも「プロサッカー選手になりたい!」という夢が潰えることはなく、ほんの少しの可能性を信じて単身タイへ渡る。

2012年、タイリーグ・デビジョン2のサムットプラカンユナイテッドFCと契約。念願のプロサッカー選手という夢をタイで叶えた。2013年もタイでプレーし、その翌年は更なるステップアップを目指して他国へ活躍の場を追い求める。しかし、この時は移籍先が上手く決まらず、一度はスパイクを脱ぐことを決断した。

2012年、タイリーグ・デビジョン2のサムットプラカンユナイテッドFCでプロデビューするも、一度はスパイクを脱ぐ。

※写真:本人提供

2014年に日本へ帰国し、母校の北陸大学で指導者としてのキャリアをスタート。当時は大学生への指導をメインとしながら、石川県の青年国体チームも兼任。そして、日本サッカー協会公認B級ライセンスを、北陸大学での指導者時代に取得した。

現役を終えて指導者生活を2年間送っていたが、自分の心の奥底に留めていた思いが徐々に溢れ出てくる。

「もう一度、選手としてピッチの上に立ちたい。」

その思いと同時に、「指導者としても、アジアでの様々な経験が必要だと考えていた。」と東山氏は語る。元々、日本ではないアジアという土地で、”サッカーで生きていく”ことを思い描いていた。その為には、日本以外のアジア各国でクラブマネージメントや監督業の実態等を、自分の肌で体感することが大切だと考えていた。

2016年、カンボジアへ渡った東山氏は、トライアルを経てウェスタンプノンペンFCと契約。2年ぶりに現役選手として復帰を果たすと、その翌年にはモンゴルのウランバートル・シティFCへ移籍。モンゴルではカップ戦での優勝を果たし、モンゴルチャンピオンのタイトルを手に入れた。

2017年、モンゴルの強豪ウランバートル・シティFCにてプレー。カップ戦では優勝トロフィーを掲げた。

※写真:本人提供

運命を変えた一通のメッセージ

そして、運命の2018年を迎える。

「将来的に”海外での指導者”という目標から逆算すると、英語力の向上は必須だった。ただ、選手としてもまだプレーしたかったし、指導の実績も積みたかった。」という自身の考えと、ニュージーランドのサッカーを取り巻く環境が合致。2018年2月にニュージーランドへ渡り、『サッカー選手』『アカデミー指導者』『語学学校の学生』という、二束ならぬ三足のわらじを履く生活を送っていた。

ニュージーランドでの生活も充実してきた矢先、前述したように「モンゴル1部リーグのチームで監督をしないか?」というオファーが東山氏の元に突如届いた。

「サッカー人生を賭けよう!」

当時28歳だった東山氏は決断を下し、世界最年少日本人監督となった。

選手時代とは違い、白線の一歩外で仕事をする東山氏。

※写真:本人提供

東山氏が就任したアンドゥードゥ・シティFCは、ゴヨFCという名前だった前年に1部リーグへの初昇格を決めたチーム。1部リーグ初年は10チーム中7位で、ギリギリ残留を決めたチームであり、「戦力的に高い印象は無いが、チーム全員の一体感には可能性を感じた。」と、就任当初の思いを述べる。

東山氏自身が考えるサッカー哲学をチームに落とし込む作業をコツコツと積み重ねると同時に、アンドゥードゥ・シティFCは勝ち点を積み重ねていった。「モンゴル人選手達の素直さや純粋な部分が、チームを作る上ではやりやすかった。また、前年に自分自身が選手としてモンゴルリーグを戦っていた事も、大きなアドバンテージとなった。更に、所属していた日本人選手達の協力もあり、毎試合最高の準備ができた。」と語る東山氏。

開幕当初の周囲の予想に反して、アンドゥードゥ・シティFCはリーグ戦3位という快挙を成し遂げた。ゴヨFC時代を含めて、クラブ史上最高の成績だ。東山氏は「3位という結果を残せたことに嬉しく思う半面、優勝できなかったことが悔しい。もちろん、自分の力不足が全てではあったけれど、まだまだやれる自信もある。いつか優勝へのリベンジをしたい。」と、当時の思いを回想する。

2018年、アンドゥードゥ・シティFCはリーグ戦3位。日本人選手達と共に、チームを上位へ押し上げた。(写真:向かって左から、冨澤拓海選手・柳舘知選手・櫻井克洋選手・東山晃監督)

※写真:本人提供

アジアサッカー連盟・A級ライセンス取得

2018年10月にシーズンが終了した後、指導者としてのキャリアップと、自身の国際大会出場の資格を得るために、東山氏はカンボジアへ飛んだ。モンゴルでの監督経験を経て「A級ライセンスの取得は必須だった」と振り返る。アジアサッカー連盟のA級ライセンス取得のため、東山氏はすぐに行動へ移した。

※ACLやAFCカップ等の国際大会へチームが出場するには、A級ライセンス以上の資格を所有する監督が就任していることが絶対条件。

2018年11月、2019年2月、2期間に渡るライセンスプログラムを受講し、念願のアジアサッカー連盟公認A級ライセンスを取得。

また、2019年シーズンはタイリーグ2部のノンブアピチャヤFCにて、分析&アシスタントコーチに就任。ライセンスの取得と同時進行で、タイリーグの現場で更に経験も積んだ。

「尊敬できる日本人監督の下で、よりプロフェッショナリズムを学ぶことができ、更に試合分析に携われたことは大変貴重な経験だった。」

2019年シーズン、タイリーグ2部のノンブアピチャヤFCでの様子。ライセンスの取得と同時進行で、タイリーグの現場で更に経験も積んだ。

※写真:本人提供

「サッカーで生きていく」

プロサッカー選手として自身がデビューしたタイの地に、2019年は指導者として戻ってきた東山氏。そんな彼に今後の展望を伺った。

「夢は国の代表監督。そこに辿り着くまでに、どのようなキャリアを積んでいくのかは自分の自由なので、自分らしく決断していきたい。今は次のチャレンジに向けて備えている状況。次に自分が選択する道でも、自分の力を最大限に発揮できるように、これからもチャレンジし続けていきたい。」

そう語ることができるのも、東山氏が思い描いてきた『サッカーで生きていく』を実現するために、本人が常にアクションを起こしてきたから。これからも、東山氏の"アクション"に注目していきたい。

写真は、東山氏と筆者(大津一貴)。2018年シーズン、モンゴル1部リーグのFCウランバートルに所属していた筆者は、同学年の東山氏と『監督』対『選手』として対戦することができ、とても感慨深かった。また対戦する日が来るのか。それともまた、監督と選手という関係で一緒にプレーする日が来るのか。個人的には、将来がとても楽しみである。

●東山 晃(ヒガシヤマ アキラ)

1989年11月9日生まれ(福井県出身)

・指導歴

2014~15年:北陸大学フューチャーズ・監督(北信越リーグ2部)

2014~15年:石川県成年男子サッカー・コーチ(国体)

2018年:サウスランドユナイテッド・アカデミーコーチ(ニュージーランド)

2018年:アンドゥードゥ・シティFC・監督(モンゴル1部)

2019年:ノンブアピチャヤFC・コーチ&分析(タイ2部)

・選手歴

2012年:サムットプラカンユナイテッドFC(タイ・ディビジョン2)

2013年:ウボン UMT FC(タイ・ディビジョン2)

2016年:ウエスタンプノンペンFC(カンボジア1部)

2017年:ウランバートルシティFC(モンゴル1部)

2018年:サウスランドユナイテッドFC(ニュージーランド・ウィンターリーグ)

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