大島鎌吉氏発信へ一歩 菩提寺で顕彰碑お披露目 64年東京の選手団長

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 1964(昭和39)年の東京五輪で日本選手団長を務めた大島鎌吉(けんきち)氏(金沢出身)の顕彰碑が14日、菩(ぼ)提(だい)寺(じ)である小立野5丁目の日蓮宗経王寺で地元住民らに初披露された。大島氏は陸上選手として活躍し、五輪招致や選手強化に貢献した一方、県内では十分に知られない「埋もれた偉人」となっており、建立した遺族や関係者は功績の発信へ決意を新たにした。

 大島氏は瓢箪町小、金沢商業学校(現・金沢商高)を経て関西大へ進んだ。陸上三段跳びの選手で、32年ロサンゼルス五輪で銅メダルを獲得し、34年の日米対抗陸上競技近畿大会で当時の世界記録15メートル82センチを樹立。戦後は東京五輪で選手強化対策本部長、選手団長の大役を果たし、82年にアジア人で初の五輪平和賞を受けた。

 墓の隣に設置された顕彰碑は、経王寺の新林孝道住職(67)が発案し、市内に住む大島氏のおいの妻、大島律子さん(73)が費用を工面した。横60センチ、縦70センチの黒御影石に大島氏の経歴を記し、「日本人唯一のオリンピック平和賞受賞者・大島鎌吉氏眠る」の文言とともに、写真を基にレーザー照射で顔を描いた。

 14日に行われた除幕式では、遺族や地元住民、研究者ら約40人が墓に手を合わせるとともに、顕彰碑の完成を祝った。除幕に先立ち、昨年発足した「大島鎌吉スポーツ文化金沢研究会」の野村泰裕代表(63)が講話を行い、大島氏が戦時中、新聞記者として戦地を取材したエピソードなどを紹介した。

 律子さんの長女、松本かがりさん(52)は「金沢から世界に飛び立っていった若者がいたことを多くの人に知ってほしい」と話した。松本さんの義妹の大島幸代さん(51)は「これを機に(大島氏の)人柄にまで広く親しんでもらえたらと思う」と喜んだ。式後は茶話会が開かれた。