甲子園監督、実はパン職人…スポーツ界にも「複業」の波 二足のわらじ実践者の哲学

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ベンチから選手を見守る立命館宇治高の里井監督(8月、西宮市・甲子園球場)

 働き方改革の一環として国が兼業や副業を後押しする中、スポーツ界の最前線でも複数の肩書きを持つ選手は珍しくなくなった。ただ、トップクラスの競技力を維持しながら別の仕事もこなすのは並大抵でない。どちらも手を抜かず「複業」を貫く彼らは一体、どんな生活を送っているのだろう。「パラレルキャリア」のアスリートらを訪ねた。

 東京五輪で採用される3人制バスケットボールのプロリーグが開かれた8月の平安神宮前(京都市左京区)。地元チーム「KYOTO BB」の浦西将介選手(31)=奈良県大和郡山市=が華麗なシュートを決めた瞬間、「生徒たちも応援してるぜー」と会場を盛り上げるDJの声が響いた。
 日本代表候補も名を連ねる同リーグには今季、男女計486人が登録し、大半が会社員や自営業、公務員など兼業だ。浦西選手も数学教諭の顔を併せ持つプレーヤー。普段は奈良県立磯城野(しきの)高(田原本町)で教壇に立つ。
 転機は昨年。3人制のアマチュアリーグに参加していた経緯もあり、京都チームからオファーが届いた。当初、学校業務との両立に不安はあった。担任だけでなくバスケットボール部顧問も務め、週末は生徒の試合とリーグが重なることも。それでも、「子どもたちに夢と目標を持って行動する大切さを伝えられるのでは」と学校の許可を得て新たな世界に飛び込んだ。
 一方、公益性の高さなど条件付きで公務員の副業を容認しているのは神戸市など一部の自治体にとどまる。同リーグは1試合出場するごとにリーグ側から報酬が支払われる仕組みで、浦西選手をはじめ、副業が「解禁」されていない自治体の職員は無報酬の「プロ」という異例のスタイルでコートに立っている。
 仲間も昼間は別の仕事があるため、チームの全体練習は午後10時から日をまたいで行う。睡眠時間を削り、体力的にハードだが、「生徒や学校の協力があって実現できている」と話す。家族との時間もほとんど取れず、妻と幼い娘2人には「ありがとうしかない」と感謝を忘れない。
    
 日本の風物詩となった高校野球界にも二足のわらじを履く珍しい監督がいる。
 今夏、立命館宇治高の野球部を甲子園に導いた里井祥吾監督(36)=京都市南区=の朝は午前5時から始まる。向かうのはグラウンドではなく、実家が営む市内のパン屋。白いコックコートに袖を通し、昼すぎまで生地をこねて成形し、焼く。空き時間には洗濯物の取り込みや幼い子どもの送迎など家事もこなし、夕方からバットを握る。
 鳥羽高時代、春夏計3度甲子園出場を果たした里井監督は立命館大を卒業後、大手パン屋に就職し、職人としての一歩を踏み出した。再びグラウンドに戻るきっかけは2007年。立命館宇治高の監督に転身した恩師からの要請で立命館大の職員として同高コーチに。朝はパン職人、夕方に野球の指導という生活が始まった。監督となった今もそのスタイルは変わらない。
 日本高野連の調査(2018年度)では、全国3939校のうち、監督は教員と学校職員が96.5%を占める。教員免許がない外部指導者は少数派だ。パン作りと野球。一見、関連性のないキーワードだが里井監督は「生地に合わせて発酵時間や焼き上がりを見極めるように生徒の個性に合わせて指導する。どちらも慌てず待つことが大切」と二足のわらじ実践者ならではの持論を貫く。
    
 多様で柔軟な働き方を支援する「プロフェッショナル&パラレルキャリア・フリーランス協会」(東京都)の平田麻莉代表理事は、「アスリートは最前線で活躍できる期間は限られる。現役からセカンドキャリアや将来を考えるのはよい。非関連性の分野でキャリアを積むことで視野が広がり、これまで見えなかった選択肢や生き方の幅が広がる」とスポーツ界のパラレルキャリア拡大を歓迎。その上で「希望する誰もが『複業』を実現するためには受け皿を増やすことが重要」と指摘する。

高校では教壇に立ち、生徒に数学を教える(奈良県田原本町)