JR西日本のMaaSアプリ『setowa』、どう使う? うさぎの島と”新しいのりもの” ~大久野島・竹原編~

竹原では12/28までこんな乗り物のレンタルをやっている

前回の尾道編(https://tetsudo-ch.com/9930588.html)に続き、「setowa」を活用してせとうちエリアの旅を続けます。今回はあのうさぎの島と塩の町へ。

うさぎと毒ガスの島

廃墟を駆け回るうさぎたち

二日目は尾道→大久野島→竹原→三原、というルートを辿ります。

大久野島といえば「うさぎの島」。フェリーを降りたらうさ、うさ、うさ。うさぎと触れ合えるのが人気の秘密。瀬戸内海の島と動物といえば厳島神社のある宮島の「鹿」、直島や男木島、真鍋島や佐柳島のような「猫島」も人気ですが(※)、やはり「うさぎ」ばかりの島は珍しいようで、県外の方にも「うさぎの島」と言えば結構な確率で「ああ、大久野島ね」と伝わります。これが大久野島の表の顔。

※……いずれも岡山と香川の間くらいなので今回のsetowaエリアからは外れます。

木のベンチに人が座り、うさぎが寝そべる

じゃあ裏の顔は? 大久野島は「毒ガスの島」でもあります。太平洋戦争時代には大日本帝国陸軍の毒ガス製造工場があり、存在を秘匿するため地図からも消されていました。島内の毒ガス資料館では当時の様子を伺い知ることができますし、長浦毒ガス貯蔵庫跡や発電所跡といった遺構も解体されずに残っています。

戦争の爪痕が残る

かつて毒ガスが作られていた秘密の島に、今はうさぎがわんさか繁殖する静かな観光地になっている――この二面性が大久野島の比類なき魅力の源泉なのです。

setowaで大久野島に行くには

宿泊地の尾道から大久野島へ向かうルートは、大きく分けて次の2つ。

・山陽本線でまず尾道から三原へ向かい、三原港から弓場汽船が土日祝日限定で運航している大久野島行きのフェリー「ラビットライン」に乗船(片道:尾道→三原240円、ラビットライン1,600円)
・同じく尾道から忠海(ただのうみ)へ向かい、大三島フェリーに乗る(片道:尾道→忠海510円、フェリー310円)

どちらもsetowaの範囲内なので昨日有効化した「デジタルフリーパス」が使えます。お値段としては忠海ルートの方がお手頃で、移動時間は乗り継ぎのタイミング次第で前後します。今回の取材は平日に行われたので本来であれば忠海ルート一択ですが、実証実験中ということで取材用に「ラビットライン」に乗せてもらえました。

「ラビットライン」でうさぎの島へ

取材の都合により三原まではバスで向かったのですが、山陽本線で移動したと仮定すると1,840円のルートになります。昨日の時点で元は取れているので実質無料。しかし個人的には値段より「値段が変わらないのでどちらから乗ってもいい。旅程にあわせて好きな方に乗れる」という自由度の高さの方が気に入りました。これはsetowaのいいところですね。

(※餌は大久野島へ行く前に購入しておきましょう)

大久野島の至る所で見られる光景
餌に感づいたうさぎが飛びついてくる

竹原で新しい”のりもの”に乗る

本音を言えば仕事なんぞ放りだしてうさぎと戯れながら永遠の休暇を過ごしたかったのですが、「鉄道チャンネル」の看板を勝手に「うさぎチャンネル」に変えるわけにはいきませんし、とある場所で面白い”のりもの”の貸し出しサービスをやっている!ということでそちらを取材するため大久野島を離れます。

帰りは大三島フェリーの「第三おおみしま」で第二桟橋を発つ

その”とある場所”とはそう、竹原

【関連記事】
JR呉線 竹原駅からいろんなモビリティで観光しよ、10月から貸し出し実証実験
https://tetsudo-ch.com/9684728.html

竹原はsetowaエリアの西の端。位置的には尾道と呉のちょうど中間くらい。江戸時代初期から「入浜式塩田」で栄えた塩の町として有名です。製塩業自体は江戸後期にはもう下火になっていましたが、明治より酒造業が盛んになり、「日本のウイスキーの父」として知られる竹鶴政孝を輩出しました。記者は子供の頃に歴史マンガ『まんが物語 福山の歴史』(※)で入浜式塩田が近隣に伝播していく様子を知ったのをおぼろげに覚えています。

※……知る人ぞ知る戦国武将、初代福山藩主「水野勝成」の生涯を描いた何気に内容の濃い伝記マンガ。関ジャニ∞村上信五さんがテレビ番組で取り上げたときは爆発的に売れたとか。地元民御用達の本屋さんである「啓文社」さんが1985(昭和60)年に発行したもので、今はちょっと入手困難かもしれません。setowaの東のエリアがどんな歴史を持つ場所なのか、ということを知るにはいいマンガです。

そんな竹原ですが、setowaのサービスインと連携して「近距離移動形モビリティ貸出サービス」が始まっています。貸し出し場所はJR呉線竹原駅前の竹原市観光協会。詳しい内容はJR西日本の専用ウェブサイト「にしぽちライド」に掲載されています。

【参考】「にしぽちライド」
https://nishipochi.jp/nishipochi_ride/

駅から先の観光施設を巡るには様々な交通手段があり、公共交通機関でたどり着ける目的地最寄りの駅やバス停などからの最後の行程「ラストワンマイル」をどう埋めるか――観光型MaaSのみならず公共交通機関の課題として認知されています。

徒歩は自由度と周遊性が高いのですが、目的地が遠いと時間がかかりますし、足腰の弱いお年寄りやインドア派にはつらい。タクシーは便利ですが、カフェなどで休憩している間に外で待ってもらうといった使い方は難しい。路線バスは特定のルートしか走らないため目的地から外れてしまうと使いづらく、一本逃すと待ち時間が長い。

せとうちエリアでは「フェリーによる移動」が旅程に組み込まれやすいため、この点でもバスやタクシーは不利です。やはり身体への負担が軽くフェリーにも乗せられて自由度の高い移動手段としては小型の乗り物が適しています。さて、竹原観光協会で借りられる”新しいのりもの”は、といえば……

これは超小型電動自動車「コムス」、見た目キュートじゃないですか? 最高速度60km/h、航続距離は最大約50km。「EV=Electric Vehicle」なので道路交通法上は「ミニカー」扱いとなり、フェリーに乗せる際はちょっとお安い料金で行けるというのが嬉しいですね。

「glafit」は最大時速30km、街乗りでおよそ20kmほど航続できる”自転車のような”電動バイクです。「ペダル走行モード」「電動バイクモード」「ハイブリッド走行モード」の3つのモードがあって、普通の自転車としても電動アシスト自転車としてもバイクとしても使えるというものです。世に出たのは最近ですが、のりもの好きの間では物凄く注目されているようです。

実際に乗ってみたのですが、スロットを回してからの最初の加速はちょっと怖い。でも慣れてしまうとほとんど力を入れずにすいすい進むのでめっっっっっっっちゃ楽です。騒音もほとんどない。観光地だけじゃなくて普段使いしたいよね……という気持ちになります(道路交通法上は原付扱いなので免許が必要です)。

setowaのスケジューラに竹原の観光予定を追加していくと、移動手段として「徒歩」などが表示されるのですが、この移動手段を変更すると1人乗りEVが選択できるとのことでした。ただモビリティ貸し出しサービスにつながるわけではないので、事前に竹原観光案内所へ電話するか、「JR西日本レンタカー&リース」や「にしぽちライド」のHPから予約しておくと吉です。空いていれば当日でも借りられます。ただ、「コムス」と「glafit」のレンタルは2019年12月28日までの期間限定なのでその点だけご注意を(初出時に期間限定の旨記載が抜けていたので修正いたしました)。

取材では結局徒歩になってしまいましたが、こういう”新しいのりもの”に乗って古い街並みを見て回ると面白そうですよね。竹原は2013年に放映されたNHK連続ドラマ小説「マッサン」の舞台でもあり、当時の町並みが今なお残っています。情緒あふれる町並みはただ逍遥するだけでも良いものですし、ふらっとお店を訪れて中を覗いてみるのもいい。「酒蔵交流館」ではお酒の試飲などもできます。

当時の建物などが残る竹原の町並み
酒蔵交流館ではお酒の試飲もできる

ちなみにsetowaでは「竹細工体験 まちなみ竹工房」や「たけはら町並み周遊券」などのデジタルチケットを扱っています。これらのチケットを購入→有効化したスマホ画面を見せるだけで、職人の指導により「竹」を使った昔ながらの玩具を作ってみるとか、森川邸や松阪邸、光本邸といった江戸~大正頃に製塩業で財を成した方々のお屋敷を見学するといった文化的な楽しみ方もできるわけです。

大正時代の雰囲気を残す森川邸
かつて供されたという郷土料理「魚飯(ぎょはん)」を再現したもの 細かく刻んだ具材をご飯に乗せてだし汁をかけていただく
竹細工体験で伝統的な「かざぐるま」を作る これもsetowaのパスを購入すれば体験可能だ
和紙と竹で作る風車と竹原の町並みが合う

意外なところでは芸備銀行の建物や古民家をリノベーションしたホテルなんかもありますね。JR西日本はせとうちを盛り上げるための活動の一環として古民家の再生に取り組んでおり、南海電鉄の高野下駅リノベーションにも関わった古民家再生事業者なども協力しています。

NIPPONIA HOTEL 竹原 製塩町
古民家をリノベーションした和室から眺める庭の佇まいが良い
扉は芸備銀行の金庫のもの 古い建築が好きなら滾る光景だ
子供が好きそうな屋根裏部屋

最後はせとうちの島々を一望

「setowa」を体験する旅は、やはりせとうちを見て終わりたい。

というわけで竹原を堪能した後は一路反転し三原へと向かいます。地元民としては三原は毎年八月に行われる「やっさ祭」で有名な町という印象しかないのですが、実は瀬戸内でも有名なマダコの産地なんですね。タコの刺身だけでなくタコ天やら「たこもみじ」なんかも売っています。もみじ饅頭にタコを入れるのは正直どうかと思うのですが、これが意外と美味しいらしく、売れ行きの良い商品であるとのこと。

タコの話はそのくらいにしておくとして、三原には竜王山筆影山といった名所があります。2017(平成29)年3月には大型バスも通行可能な「竜王山みはらしライン」が開通したおかげで、三原の駅から気楽に行けるようになりました。

setowaには「三原観光タクシーで巡る 三原 竜王山・筆影山」というデジタルチケットがあり、三原駅観光タクシー乗り場から1,500円でこれらの山々を巡ることができます。標高は竜王山の方が若干高いのですが、どちらの山頂の展望台からも美しい景色が見えます。

展望台からの眺望なんですけど、いいでしょうこれ。瀬戸内海のしまなみだけでなく西日本で最も標高の高い石鎚山も見える。setowaで瀬戸内海の島々をぐるぐる回って、その旅の〆にこれまで見てきた景色を視界に、レンズに収めて、「あれは因島、生口島、大三島……」と指さしながら思い出を噛み締めてください。

結局、MaaSアプリとしての「setowa」の実力は?

さて。

かようにして記者らは”setowa”対象エリア内の絶景スポットを巡り、充実した二日間を過ごすことが出来ました。瀬戸内海の島々に関しては生口島(瀬戸田)と大久野島にしか行きませんでしたが、いずれも充実した一日を過ごすに足る観光名所であったように思います。地元自慢じゃないですよ。

そんなせとうちを巡る「観光型MaaS」実証実験アプリである「setowa」ですが、記事本文中でかなり辛口の評価をつけたように、「スケジューラー機能」などはまだまだ改修の余地があります。でも予約を適当に組んだり「とりあえずせとうちに行くことにしたはいいけど、どこがいいのかわからない……」という人がせとうちエリアの様々な観光スポットを参照する分には悪くない。

デジタルフリーパスは最高です。2日間有効なので1泊2日の旅で鉄道なりフェリーなりを使い倒すと移動にかかる費用はおよそ半額に抑えられます。特に瀬戸内は島々を巡ろうとすると難易度がやや高いので、特定の航路のみとはいえフェリーに乗り放題で3,000円は破格だと思います。フェリーが安いと「何はともあれ島に行こう!」という圧が働くので瀬戸内海の活性化にも良さそう。地元民が土日で島巡りをする用途でも使えるでしょう。

細かいところでは、もう少し広い区間のデジタルフリーパスがあればと思わないでもありません。たとえば今回訪れた大久野島は旧日本軍の遺構を見たい方にとっては垂涎の地でもあるわけですけど、せっかく東京から広島まで来たのならそのまま呉まで足を伸ばして大和ミュージアムや旧軍港も見て回りたいよね、といった「目的に合わせた旅」のプランを立てると使いにくくなってしまいます。関東や九州からやってきたお客さんに使ってもらおうと考えると、エリア内と特に関連の強いエリア外の有名な観光名所を上手くつなげられたらいいなぁ。setowaの趣旨からは外れてしまいますけどね。

まとめると、お得かお得でないかという観点から言えば「せとうちエリアを旅するなら絶対に入れておくべき」と断言できる程度には、お得。けれど使えるか使えないか、という観点からすれば惜しい点が目につきます。このまま瀬戸内旅行に必須のお得な電子クーポン発券アプリみたいな立ち位置で終わるのか、それとも旅行のおともに最適のMaaSアプリに進化するか、次の一手に注目したいところです。

記事:一橋正浩 写真:神森沙織

※2019年12月17日14時48分……誤字を修正、レンタルサービスの期間について追記いたしました。

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