日韓対立緩和に必要な歴史の「記憶」管理とは  グラック米コロンビア大教授に聞く

米ニューヨークのコロンビア大でインタビューに応じるキャロル・グラック教授(共同)

 「戦後最悪」といわれて久しい日本と韓国の関係。その難しさの背景には、歴史を巡る越え難い溝があるという印象が強いが、米ニューヨークのコロンビア大で2時間以上にわたるインタビューに応じた日本近現代史の専門家、キャロル・グラック教授は、私たちが考えるべき貴重なヒントをくれた。

 大きな鍵は過去の戦争で傷ついた人々への配慮をいつまでも忘れない姿勢。そして、問題は歴史そのものより、各国民や集団が歴史について異なる「記憶」を持つことにあるという理解。そこからくる対立を抑えるために記憶をいかに管理するか。日韓や日中だけの問題ではなく、欧州とアフリカ諸国、旧ソ連圏、そして米国内の歴史認識ギャップをどう管理するかといったことを含む極めてグローバルな課題であることも思い知らされた。(共同通信=新井琢也)

―韓国は軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の失効を回避した。

 「大きな問題解決にはつながらないだろう。近年の日韓関係悪化の要因は歴史問題と言われるが、実際には歴史問題そのものでなく、歴史を両国の重大課題に引き戻してしまった双方の国内政治が背景だ。両国内に、他国と同じようにナショナリズムがあり、選挙で選ばれた首脳が訴えるべき支持基盤がある。国内政治のために、過去(歴史)を武器にしているのだ」

ソウルで開かれた日韓の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の破棄を求める集会

―どちらに非があるのでしょう。

 「日韓双方が間違っているし、双方が正しいとも言える。歴史問題を解決する上で、日本が韓国を(貿易管理上の優遇措置である)ホワイトリストから除外したことは間違いだし、韓国が徴用工問題の訴訟で被告の日本企業の資産に手を付けるのも間違いだ。

 過去の〝記憶〟を巡る対立に対処するため、ここ数十年の間に一定の国際的な規範ができあがっている。これらの日韓の行為はそれを逸脱している。

 一方で、日本が過去について繰り返し謝罪を迫られたときに反発するのは正しいし、韓国が十分な謝罪などあり得ないのだと日本に迫るのも正しい。

 最も深刻なのは、双方の敵意が特に若者の間であおり立てられることだ。戦時中に起こったことを必ずしも詳しく知らない国民にいったん生まれた敵意は、両国の現在の政権が終わった後も長く残る」

―解決への道は。

 「ドイツとフランスの和解が参考になる。韓国が、日韓で基金をつくり元徴用工に賠償相当額を支払う案を出し日本が拒絶したと報じられた。しかし1990年代にドイツで起こったことを思い起こすと、韓国の提案は悪い案ではない。ナチス時代の強制労働の賠償を求める集団訴訟が相次いだ当時、ドイツは被害者に提訴をやめさせる代わりに被害者に賠償金を払う大規模な基金をつくる道を選んだ。

 独仏の戦後の和解には三つの要素があった。一つ目は若者らの交流を大規模に進める市民社会の努力。二つ目はアデナウアー(元西ドイツ首相)とドゴール(元フランス大統領)という両国首脳の強力な指導力。三つ目は(両国にいや応なく連携を迫る)冷戦という政治的な文脈だ。今の日韓には、北朝鮮や中国の脅威という政治的な文脈だけはあるが、残る二つの要素は欠けている。

 一方、独仏と日韓の関係には大きな違いがある。独仏が交戦国で占領国と被占領国だったのに対し、日韓は帝国主義国家と植民地の関係にあったこと。日本は(韓国との間で)、戦争の問題と植民地支配の両方の問題に同時に対処する難しい立場に立っている。英国やフランスなどは順番に対処すればよかった。しかし、植民地支配の問題の方がずっと厄介だ。私が昨年研究したところでは、主要な旧帝国主義国家のうち、どれ一つとして容易に旧植民地国と歴史の記憶の問題を解決した国はない。フランスはいまだにアルジェリアとの問題を解決できていないし、ドイツはナミビアへの補償問題に対処中だ」

米南部バージニア州シャーロッツビルの公園でビニールで覆われたリー将軍像

―今後に悲観的なのか。

 「そんなことはない。(国同士の関係に影響する)〝記憶〟は良くも悪くも変わるし、どうすれば変えられるかを私は研究してきた。しかし、そのための政治的意志は必要だ。今やあらゆる紛争の後、過去と向き合う必要がある。国家は(国民的な)記憶を管理しなければならない。何が正しい記憶かを決めるのではない。異なる記憶を持つ異なる集団の間で交渉し、妥協点を見いだす記憶管理の政策が必要だ。

 フランスのような国は戦争の記憶をどう管理するかに優れていた。来年の11月には記憶の管理について欧州の学者や実務家を招いた国際会議をコロンビア大で開く予定だ。米国内では一部の州で、いまだに南北戦争の相克を超えられず、(南軍の英雄だったが、奴隷制度擁護の象徴ともされる)リー将軍の騎馬像などの撤去問題で揺れている。これも州政府が記憶の管理を求められているケースだ」

 ―あなたは2015年の日韓慰安婦合意にも否定的だ。

 「12月末の発表、それも首脳ですらない外相レベルの発表で明らかに準備不足だった。〝記憶の政治〟の世界で大切なことは、敗者(傷ついた側)への配慮をいつまでも忘れないことだ。〝最終的かつ不可逆的な解決〟をうたった15年の合意は最初から成功しないことが明らかだった。記憶を巡る争いの敗者に〝全部解決した。これでおしまい〟は通用しないのだ。これほど人を怒らせる言葉はない。一番使ってはいけない言葉だった」  ―安倍首相に助言するとすれば。

 「それは私の仕事ではないが、過去にこれはうまくいった、いかなかったという指摘はできる。まず言葉が大事だ。国内の支持層に訴える言葉であり、かつ韓国の文在寅大統領の支持層にも通じる言葉を見つけるのは不可能ではないはずだ。そして、その言葉のラインを踏み外さないように政権内で統一を図ること」

 「(ユダヤ人犠牲者碑の前でひざまずいた)ブラント元西ドイツ首相による行動は有名だが、指導者による象徴的な行動にも効果がある。安倍晋三首相がソウルの日本大使館前の慰安婦像の膝に黄色いバラの花を手向けるというのは無理かもしれないが、それよりは小さなことでもいいから何か象徴的な行動というのは考えられないか。日韓両国が何か戦争と関係のないことで、人々を救うとか、問題を解決するのに象徴的な協力をするというのも効果があるだろう。若者など市民社会の交流も地味だが極めて効果的だ。対立していない分野ではできることがたくさんあるはずだ」

ソウルの在韓国日本大使館前の少女像

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 キャロル・グラック氏 1941年米東部ニュージャージー州生まれ。ウェルズリー大卒。コロンビア大で博士号取得。日本の近現代史が専門で日本にも頻繁に行き来するほか、日本語の出版物も多い。近著にコロンビア大での特別講義を収録した「戦争の記憶」。国際的な研究プロジェクト「グローバル文脈における記憶の政治」を主導する。

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