パリ協定始動に向けて、企業の取り組みはどう進んでいるか

マドリードで開催されていたCOP25が閉幕した。パリ協定の本格実施が来年に迫る中、各国は温室効果ガスの削減目標の引き上げを促すことに合意はしたものの、排出権などの運用ルールづくりは次回に持ち越した。各国が2030年までの温室効果ガスの削減目標を国連に再提出する期限も迫っている。一方で、民間企業は2015年のCOP21で合意された気候変動の国際枠組み「パリ協定」に関する約束を口にするだけではなく、実行に移している。(翻訳=梅原洋陽)

SBTi(SBTイニシアティブ、科学と整合する温室効果ガス削減目標イニシアティブ)が発行した新たなレポートによると、2019年10月末時点で、SBTiから承認を受けている企業285社は7億5200万トン相当の二酸化炭素を排出している。この量はフランスとスペインの年間排出量を上回る。そのため285社は、危険な気候危機を回避してパリ協定の目標を達成するために、科学と整合する温室効果ガス削減目標を設定している。そのうちの76社は、産業革命以前に比べて気温上昇を1.5℃未満に抑えることを目指している。

マクドナルドやマイクロソフト、ナイキ、ネスレなど285社が目標を達成することで、2億6500万トン相当の二酸化炭素を削減することになる。これは、石炭火力発電所を68カ所閉鎖するのと同じことだ。基準年の排出量から年間平均削減量は35%。

WWFのSBTグローバル・リードのアレクサンダー・ファーサン氏はこう語る。

「これらの企業は気候変動との闘いの先陣を切り、気候科学への取り組みと、経済的な成功を同時に押し進めていく必要があることを示しています。どの分野にいようが、あらゆる企業は科学に整合する目標に合致する削減を達成していくべきです。そうでないと、変化する世界から取り残されていくでしょう」

新たなレポート 「水準を引き上げる:SBTiが進める野心的な気候変動への取り組みの進捗を分析する」は、2015年にSBTiが発足して以降初めて同イニシアティブの状況を評価したものだ。

レポートが明らかにした重要なこと

● SBTを設定した285社は、気候変動対策のために180億米ドルまで投資額を増やし、年間90 TWh(テラワット時)を再生可能エネルギーにしようとしている。これはアメリカの1100万世帯の電力を補えるレベルだ。

● 自社での排出量や購入したエネルギーからの排出量を含むSBTを設定するだけでなく、285社の9割以上がバリューチェーン内での排出量も減らすという野心的な目標を設定している。この年間の排出量は39億トンに相当し、EU全体の年間排出量の約90%に相当する。

● SBTを設定することは、地域や業界によっては当たり前となっている。アパレル、バイオテック、食料品、ホスピタリティ、IT、薬剤、電気通信関連の2割以上の影響力ある企業はSBTを掲げている。

● 排出量が多いとされるセメント、スチール、化学薬品や自動車業の先進的企業はSBTiから承認を受けている。例えば、独ティッセンクルップやDSM、ハイデルベルグセメントなどだ。

● フィンランドやフランス、デンマーク、日本などの先進国市場に本社がある企業の少なくとも2割はSBTを設定している。

● 日本はSBTを設定した企業に政府が助成を始めた最初の国だ。2019年10月31日時点で52の企業が承認を受けており、環境省は2020年までに100社の承認を目指している。

● インドは、9つの企業がSBTiから承認を受けている。同国のような特筆すべき例をのぞいて、新興市場でSBTを設定している企業はほとんどない。本社が経済協力開発機構(OECD)に入っていない企業で承認された目標を定めているのは全体のわずか6%。

現時点で、740社以上がSBTを設定している。そして毎週のように新たな企業がこの流れに加わっている。これは低炭素社会へのシフトが始まっていることを明らかに示すものだ。企業の活動は政府が新たな政策や規制をつくる基盤となる。

スウェーデンの家電メーカー「エレクトロラックス」サステナビリティ部門のヘンリック・サンドストロム副代表は、「私たちは自分たちがやれることをやる必要があります。しかし、バリューチェーン全体でカーボンニュートラルを目指すには自然エネルギーが必要になります。政治家の行動も欠かせません。結局のところは、送電網が脱炭素化されることに依存する部分があります。再生可能エネルギーへの需要を高めることは私たちにも可能ですが、政府が脱炭素に向けて取り組んでいくことも不可欠です」と話している。

民間企業は、すべてのセクターや地域において気候変動対策の取り組みを行い、変革に必要な環境整備の政策やインセンティブを政府に頼ってはいるものの、政府の対応をただ待っている訳ではない。ホワイトハウスが無関心でありながらも、パリ協定への熱心な支持を示すアメリカの民間企業が良い例だ。

幸いにも、レポートによると、世界の規制機関は経済の脱炭素化に対して前向きであり、SBTを設定して熱心に取り組んでいる企業にしっかりと対応している。承認された目標を設定している企業の92%以上はバリューチェーン内の排出目標も掲げ、取り組みの範囲をサプライヤーや顧客にも広げている。

HPE(ヒューレット・パッカード エンタープライズ)の気候戦略・サステナビリティ・イニシアチブのマネージャーであるシャノン・シアート氏は「私たちは世界で最初の包括的なサプライ・チェーンマネージメントプログラムを打ち出しました。これは3つの要素から成り立っています。まず、私たちの責任能力をサプライ・チェーン内で追求する積極的な目標です。そして、私たちのサプライヤーがそれぞれのオペレーション内でSBTを設定できるようにするという目標。3つ目は、サプライヤーの炭素排出量と削減目標を設定して、ビジネスコミュニティをけん引していくことです。私たちのサプライヤー、顧客、そして世界を巻き込んで取り組みを生み出す波及効果です」と語った。

ナイキのサステナブル製造・調達部門のディレクターであるスコット・ビターズ氏はこう言う。

「スコープ3を含むSBTは企業のサプライヤーが削減に前向きでないと、そこそこの効果で終ってしまいます。私たちは10年近く、二酸化炭素の削減目標をサプライヤーにむけて定めています。そして、独自の科学に整合する目標を通して、完成品と材料のサプライヤーの目標を設定しています。さらに、戦略的なサプライヤーとは、企業独自のSBTを設定するように話し合いをしています」

SBTiはCDP、国連グローバル・コンパクト、WRI、WWFの共同のイニシアティブだ。このイニシアティブは最新の科学を用いながら、科学に整合した目標設定の最良の取り組みを定義し、資源や指針を提供することで実践のハードルを取り除き、独立してそれぞれの企業の目標を評価している。

SBTiが2015年に設立されてから、700社以上の企業がSBTを設定している。各社はイニシアティブに加わった後、24ヶ月の間に目標を作成し、検証のために提出する必要がある。

「これは社会全体にまたがる課題です。1社だけで実行しても意味がありません。すべての産業が共同し、社会の仕組みを変えることが必要です。政治的な支援、規制に関する支援、そして企業のコミットメントが必要です」とハイデルベルグセメントのサステナビリティ・マネージャーのピーター・ルーカス氏は語った。

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