「サッカーコラム」困難を乗り越えJ1を“死守”した湘南

入れ替え戦、J2徳島は守備固めが裏目に出たか

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J1残留を決め、抱き合って喜ぶ湘南イレブン。中央右はぼうぜんとする徳島・清武=BMWスタジアム

 住み慣れた生活環境を急激に変えるということに、抵抗感を抱く人は思いのほか多いのではないだろうか。例外は将来の生活が、現在より確実に良くなると約束されている場合だけだろう。Jリーグの降格と昇格を巡る戦いの心理状態は、それによく似ている。

 12月14日、来シーズンをJ1で戦う権利を懸けた一戦が行われた。対戦したのはJ1で16位だった湘南と、J2で4位ながらプレーオフを勝ち抜いて決定戦にたどり着いた徳島。徳島は勝てば6年ぶりのJ1復帰が決まる。一方の湘南は引き分け以上で残留の決まる状況だった。

 前半を支配したのは徳島だった。湘南の持ち味のハイプレスを、かいくぐるようにパスコースを作りボールをつないでいく。J2でこのようなサッカーを展開するチームがあるのか―。その戦いぶりに軽い驚きを覚えた。そのような中、徳島の右サイドの攻撃から得たCKから先制点が生まれた。前半20分、野村直輝が蹴った左CK。ファーにいた石井秀典がヘディングで折り返すと、ゴールエリア内で待ち構えた鈴木徳真がDFに体を預けながら、右足ボレーで確実にボールをミートした。

 残り70分余りを残す早い時間帯で挙げた先制点。これが徳島の選手たちの心理面にどのような影響を与えるのだろうか。そのような視点で試合を見ていた。なぜなら、これまでも早い時間帯での得点がその後の試合内容に良い影響ではなく悪いものを与える事例を数多く目撃してきたからだ。

 日本のサッカーに欠けているものの代表格。それが、「守りのメンタリティー」だ。実力が拮抗(きっこう)する相手との試合では、せっかくリードしたとしても、その点差を守り切るしたたかさを持ち合わせていないのだ。このことは日本代表でも当てはまる。1点でもリードしさえすれば、その後どんなにつまらない時間を過ごそうとも涼しい顔で「関係ないね」と言わんばかりに守り切るイタリア人やウルグアイ人のような“厚かましさ”がないのだ。日本の場合は得点を挙げるまでははつらつとプレーしていたチームが、ゴールという目的を達成した直後から、まるで親元から引き離された子犬を思わせる不安そうな目に一変してしまう。

 勢いのある前半のうちに2点目が奪えなかった。徳島が、「引き分け」だが「敗れた」要因はそこにあるだろう。リスクを負ってでも2点目を取って勝利の確率を高めるのか、それとも現時点でのリードを守り切るのか。徳島が選択したのは、後者。手にしていたアドバンテージにすがってしまった。その結果、後半に入るまで相手ゴールへの推進力を保っていたチームは、時間の経過とともに自陣に引きこもりがちになっていった。

 「完全に相手が引いていた」

 主導権を握り返した後半について、湘南の浮嶋敏監督はそう振り返った。そして、湘南からすれば徳島が守りに入ってくれたのは幸運だった。相手がゴール前を固めれば、湘南としてはボールを支配する時間が長くなる。サッカーというものは不思議なもので、同じ距離を走るにしても自分たちがボールを支配している状態で主体的に走れば疲れを感じることはほぼない。逆に、相手に合わせて走らされていると、体力だけでなく精神的にも疲弊してくるのだ。

 後半19分、湘南に待望の同点ゴールが生まれる。鈴木冬一のパスから左サイドを抜けた山崎凌吾がマイナスのクロス。クリンスランがスルーして徳島DFに当たってこぼれたボールを松田天馬が巧みなドリブルで持ち込み、最後は冷静にGKの位置を見極めて右サイドに流し込んだ。まさに技ありの得点だった。

 守り切ろうとした側は、失点を防いでいる間は集中力も持続する。しかし、失点をした瞬間に襲ってくるダメージは想像以上に大きい。さらに悪いことに、一度守りに入って自陣に張り付いていたチームが再び攻撃に出てゴールを奪い切るのはかなり難しい。心身ともに疲弊した終盤に、再びギアを切り替えるのは想像以上に困難な作業といえる。徳島にとって「もう1点」は遠いものとなった。

 1―1の引き分け。両チームが全ての力を絞り出した最終決戦は、徳島が悔し涙を、そして湘南がうれし涙を流す結果となった。それにしても、湘南はよくぞJ1に踏みとどまれたものだ。

 なぜなら、夏以降、湘南は文字通り「激動の日々」を送ってきたから。8月12日に発覚した☆(曹の曲が由)貴裁監督のパワハラ問題をきっかけにリーグ戦で10戦勝ちなしの時期が続いた。さらに浮嶋監督が就任した直後の10月12日には台風19号が襲来。神奈川県中部を縦断する相模川沿いにある練習場は水没し、シーズン最後まで復旧することはなかった。

 元号が令和に改まった節目の年。数々の災難が降りかかった湘南だったが、何とかJ1を死守できた。それは、苦しいときに支え続けてくれたサポーターへの何よりの贈り物となった。

 「チームがバラバラになりそうでしたけれど、みんな前に向かって戦ってくれた。感謝したい」

 キャプテンを務める大野和也が試合後にのこの言葉は、クラブ関係者やサポーターの心にいつも以上に響いたのではないだろうか。喜びの涙を流す人の数が、それを物語っていた。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で7大会目。