家族を想うとき

家族の記録を手に家族を想う

 

 ケン・ローチ監督の新作『家族を想うとき』(現在公開中)を見た。

 グローバル化された社会の中で、いくら働けども報われないイギリスの労働者家族を描いた作品。

 主人公は、運送会社で働くフリーの配達ドライバーだ。

 これまでも中産階級の没落や移民などの社会問題を題材に映画を撮ってきたケン・ローチ。2016年の『わたしは、ダニエル・ブレイク』でカンヌ映画祭パルムドールを受賞し、引退を表明した。その時のインタビューのコメントが印象的だった。

 「怒りは使い方次第で建設的になる。怒りを覚えることで挑戦しなければならないことを観客に思い起こさせるのだ」

 怒りのメッセージを投影、扇動するローチ83歳。

 ブレグジットを機に、さらに弱い人々が苦しむ社会への怒りを込めてこの映画を作ったのだ。

 見終わって、私はネットでポチッと物を買うことにためらいが生じた。

 ほんの小さな商品を配送するにも人間が動く。おそらく彼らには、年末年始もないだろう。

 「駅止め」で正月用のお餅や小豆が父の実家から送られてきた国鉄の時代が懐かしい。

 それにしても、駅止めなんて今もあるのだろうか。

公開中のケン・ローチ監督の「家族を想うとき」

 この映画を見て、私も家族を想った。

 かつて存在した家族。両親と私と弟の4人。そこに猫や魚や鳥たちも。

 今年5月、父を亡くした。

 母は認知症を患い施設に入った。

 双子の弟がいたが、一人は生まれて間もなく死んだ。

 生き残った弟は、家を出て所帯を持ち、2児の父となった。

 猫も里親に引き取られ、別の家族になった。

 家族4人で暮らした家。

 家主を失い、家族が消えたその家は死んだようなふりをしている。

 たまに誰かが帰ると、薄目を開き、溜め息まじりに明かりを灯す。

 

1984年、憂鬱な時代に自宅前で

 父は何よりも土いじりが趣味だった。

 トトロの森を出がらしのお茶で薄めたような木立の緑地。

 武蔵野台地の赤土の土地の一角の小さな畑。

 土を舐めるほど土壌作りに夢中だった父は、晩年のほとんどをここで過ごした。

 時折母の丁寧な梱包によって送られてきた、季節を伝える収穫物。

 有機栽培で育てられた父の農作物は本当に美味しくて、私にとっては救援物資でもあった。

 父は大の子ども好きで、孫と畑で過ごす時間が至福だったらしい。

 私はフランシス・コッポラ監督の映画『ゴッドファーザーRART2』(1972年)に出てくるマフィアのボス、コルレオーネを連想した。

 「そんなに畑が好きなら、ゴッドファーザーの最期のように、トマト畑で孫を追いかけて心臓が苦しくなって死ぬといいね」と嫌味を言えば、「ああ願ったり、本望だ!」と返してきた頑固な父。

 孫も社会人になり、誰も畑に立ち寄ることはなくなった。

 そして、父は心臓の病で帰らぬ人となった。

親子元気だった頃、父の農園 で

 ある日、父の残した畑をのぞきにゆくと、隣の畑のご夫妻から声をかけられた。

 なんでも、父は最終入院する当日、里芋の種芋を彼らに託したのだという。

 11月のある晴れた日、ご夫妻に促され父の里芋の最後の収穫に行った。

 主人不在の畑に入るのは奇妙な気分だった。

 そこかしこに使いかけの農具が、時が止まったように置き去りにされている。 

 手作りの小さな木製の作業椅子もあった。

 父は何でも作れる人だった。

 ご夫妻によれば、農具を修理したり、リサイクル品で何かをこしらえては、畑の仲間たちから頼りにされていたという。実直で、とにかく器用。畑に最後まで愛情を注いでいた人だとも聞いた。

 父の死を悼む人にお会いしたのは、その時が初めてだった。

 ビニールが被さった棚をのぞくと、団子状に丸めた手作りの肥料が並んでいた。

 腐葉土作りの囲い。廃材。そこにあるもの全てに父の愛情があふれている。

 里芋は親芋、小頭、孫芋と育っていく子孫繁栄の縁起物。

 しかも、ここ狭山が名産地。正月料理に欠かせないが、まさか自分が収穫することになるとは思わなかった。

 何列にも植わった里芋をスコップで片っ端から掘り起こす。

 土いじりをしていると、なぜか無心になれた。

 赤土の中で眠っているぽってりと太ったミミズ。

 父が育てた土は、ミミズが肥ゆるほど肥沃で温かな大地だった。

 小春日和の穏やかな日。

 午前中に収穫を済ませ、掘り立ての里芋をせっせと並べて日なたで乾かす。

 乾くまで、畑で休憩。

 ネットラジオからNHKの『ひるのいこい』が流れてくる。

 テーマソングを聞けば、誰もがのどかな日本の農村を思い浮かべるだろう。

 昼食はシンプルに糠漬けと握り飯。それと水筒のお茶。

 ペロリと平らげたら、眠くなってきた。

 土の上に新聞紙を広げ、むくんだ足を伸ばし、ゴロンと横になった。

 目の前には、空色の絵の具で描き切ったような青空。雲ひとつない。 

 ぽかぽかと赤土の温もりが新聞紙越しに伝わってくる。

 平和だ。

 日常の煩わしさとは全く無縁の世界がここにある。

 ラジオを止めると、鳥のさえずりや風の音すら耳に入ってくる。

 私はしばらく赤土の上でゴロンとなったまま、死んだ父のことを思った。

 人は死んだら土に還るという。

 この赤土の下、奥の奥には地球の核があるんだろうけれど未知の世界だ。

 父はこの地の土になり、生まれる前の「無」に還ったのかもしれない。

 父の故郷は東北だった。

 でもそこには帰らず、この地に眠った。

 それはなぜだろう。

 ふと耳奥で「故郷」という歌の歌詞が浮かんだ。

 「志をはたして いつの日にか帰らん 山は青き故郷 水は清き故郷」

 赤土に寝転んで私は思った。

 この場所が父にとっての理想郷だったのかもしれない。

 自らが育てたこの地こそが、父の理想郷なのだと、寝転んで初めて気づく。

最後の収穫。実りを食べる母娘

 小春日和の穏やかな午後。

 収穫した里芋と並んでゴロンと転がる私のところへ、黄色い蝶がひらひらとやってきた。

 父だ。

 私は話しかけずにぼんやり眺めていた。(女優・洞口依子)

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