合意ない性行為、証拠積み上げ認定 伊藤詩織さん勝訴、検察は「再起」可能

By 竹田昌弘

 ジャーナリストの伊藤詩織氏(1989年生まれ)が元TBS記者の山口敬之氏(1966年生まれ)に対し、意識を失っているのに乗じて、合意のない性行為を行い、肉体的、精神的苦痛を受けたとして、損害賠償を求めた民事裁判で勝訴した。刑事事件として山口氏を告訴したが、準強姦(ごうかん)=現在は準強制性交=の容疑は不起訴処分とされた。民事裁判と刑事手続きで、何が違ったのだろうか。(共同通信編集委員=竹田昌弘)

判決後、東京地裁前で「勝訴」と書かれた紙を掲げるジャーナリストの伊藤詩織氏=12月18日

 ■裁判は民事も刑事も「三段論法」

 裁判は、まず証拠によって事実を認定する。それに法規を適用し、そこから法規の効果を引き出す「三段論法」で行われる。 

 例えば、準強制性交事件の刑事裁判では、検察官が起訴状の内容(被告が人の心神喪失や抗拒不能に乗じて、または心神喪失や抗拒不能にさせて、性行為をした)が事実であることを証拠で立証する。心神喪失は精神または意識の障害により、性行為について正常な判断ができない状態。抗拒不能は心神喪失以外の理由で物理的、心理的に抵抗できないか、抵抗するのが困難な状態とされている。起訴状の内容が事実と認定されれば、被告は有罪となる。準強制性交罪を定めた刑法178条が適用され、裁判所は同条に規定された「5年以上の有期懲役(最長20年)」という法定刑の範囲内で被告に科す刑を決め、宣告する。 

 同様に例え話だが、準強制性交事件で抗拒不能にさせたことの事実が立証できないなどとして、検察官が不起訴処分としたため、被害者(原告)が損害賠償を求めて民事裁判を起こしたとする。原告は証拠により、主張する事実(被告が抵抗できない状態のときに合意のない性行為をしたことと、それによる損害の発生)を立証する。それらの事実が認定されると、「故意または過失によって他人の権利または法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う」と不法行為に対する損害賠償請求権を定めた民法709条が適用され、裁判所は賠償額を決め、被告に支払いを命じる。

 ■民事と刑事で事実認定のハードル違う?

 このように刑事も民事も裁判は三段論法だが、犯罪を処罰するための刑事裁判では、事実の認定は「証拠による」(刑事訴訟法317条)、「証拠の証明力(事実認定に役立つ程度)は、裁判官の自由な判断に委ねる」(同318条)と定められている。最高裁は「通常人なら誰でも疑いを差し挟まない程度に真実らしいとの確信を得ること」(1948年8月5日の第1小法廷判決)、「合理的な疑いを差し挟む余地のない程度の立証が必要」(2007年10月16日の第1小法廷決定)という事実認定の枠組みを示してきた。「疑わしきは被告の利益に」は、合理的な疑いが残り、有罪と確信できないときは、無罪にすることを表現している。 

 厳格な立証を求められるので、検察には、原則として起訴するのは「的確な証拠に基づき、有罪判決が得られる高度の見込みがある場合」という基準があり、収集した証拠を検討し、慎重に起訴、不起訴を決めている。 

 一方、紛争を解決するための民事裁判では「裁判所は、判決をするに当たり、口頭弁論の全趣旨および証拠調べの結果をしん酌して、自由な心証により、事実についての主張を真実と認めるべきか否かを判断する」(民事訴訟法247条)と定められている。最高裁が示した事実認定の基準では、経験則に照らし合わせて全証拠を総合検討し、高度の確からしさを証明することで「通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りる」(1975年10月24日の第2小法廷判決)とされている。

  証拠に加え、当事者が主張を述べ合う口頭弁論の全趣旨も事実認定の材料となり、高度の確からしさで事実が認定されるので、刑事よりハードルが低いと言われることが多いが、基本的に同じという専門家もいる。

 ■「逮捕状取ったが、警視庁幹部の指示で取りやめ」

 伊藤氏の話に戻ると、山口氏との性行為は2015年4月3~4日で、山口氏は性行為があったことは認めている。伊藤氏は同月30日、警視庁高輪署に山口氏を告訴した。しかし、東京地検が16年7月、準強姦容疑について、嫌疑不十分(犯罪の成立を認定すべき証拠が不十分)を理由に不起訴処分としたため、伊藤氏は17年5月、検察審査会に審査を申し立てた。その際の記者会見で「高輪署の担当警察官から『逮捕状を取ったが、警視庁幹部の指示で逮捕を取りやめた』と説明を受けた。私の知り得ない立場からの力を感じる。法律や捜査機関は被害者を守ってくれない」と語った。山口氏には、安倍政権の内幕をつづった「総理」「暗闘」などの著作がある。 

判決後の記者会見で「主張が無視された。納得できないので、すぐに控訴する」と話す元TBS記者の山口敬之氏(中央)=12月18日、東京都千代田区

 17年9月、東京第6検察審査会も「慎重に審査したが、不起訴処分の裁定を覆すに足りる事由(直接の理由または原因となる事実)がない」として、不起訴相当と議決した。東京地検が不起訴処分とし、検審がそれに異を唱えなかったのは、やはり証拠が足りず、抗拒不能などの立証が難しいと判断した可能性はありそうだ。ただ山口氏の取り調べをはじめ、警察と検察でどれだけ捜査が尽くされたのか、大きな疑問が残る。 

伊藤詩織氏が2017年に出版した手記「Black Box」

 伊藤氏は検審議決の1週間後、山口氏に対し、不法行為に対する損害賠償請求権に基づき、慰謝料1千万円と弁護士費用100万円計1100万円の支払いを求める民事裁判を東京地裁に起こした。

 これに対し、山口氏は合意の下の性行為だったのに、記者会見や著書「Black Box」、週刊誌などで性暴力被害を訴え、山口氏の名誉と信用を毀損(きそん)し、プライバシーを侵害したとして、同様に不法行為に対する損害賠償請求権に基づき、伊藤氏に慰謝料2千万円と仕事がなくなった営業の損害1億円、弁護士費用1千万円計1億3千万円の支払いのほか、新聞とウェブサイトへの謝罪広告の掲載を求める反訴(訴訟係属中に被告が原告に対し、当初の本訴と併合審理を求めて起こす訴訟)を提起した。

 ■シャワー浴びず帰宅やアフターピル、合意あれば不自然

 東京地裁(鈴木昭洋裁判長)は12月18日の判決で、性行為の経緯について次のように事実を認定していった。 

東京地裁の鈴木昭洋裁判長=司法大観から

 ▽伊藤氏は米ニューヨークの大学でジャーナリズムと写真を専攻していた2013年12月、バイト先のピアノ・バーで、山口氏と知り合った。山口氏がTBSのワシントン支局長だったことから、就職先の紹介を求めるメールを送信したことを契機として、15年4月3日夜、東京・恵比寿で会食することになった。

  ▽2人は串焼き店で食事後、すし店へ行った。伊藤氏は同店を出た時点で相当量のアルコールを摂取し、強度の酩酊(めいてい)状態だったと認められ、すし店で2度目にトイレへ入った後、ホテルで目を覚ますまで記憶がないという、伊藤氏の供述内容と整合している。 

 ▽山口氏は同日午後11時すぎにタクシーに乗るまで、伊藤氏の酩酊は分からなかったと供述している。すし店と恵比寿駅は徒歩でわずか5分程度の距離にあることを踏まえると、すし店を出て、自分と共に伊藤氏をタクシーに乗せたことについて、合理的な理由は認めがたい。 

 ▽伊藤氏がタクシーの運転手に「近くの駅まで行ってください」と伝え、電車で帰宅する意思を示しているのに、山口氏はホテルへ向かうよう指示し、同行させた。伊藤氏の帰宅先を尋ねていないことも不自然だ。 

 ▽山口氏は翌4日午前0時までに、米国政治の動向を確認する必要があったため、やむを得ず、伊藤氏をホテルへ連れて行くことにしたと供述している。しかし、以前週刊文春に寄稿した記事を巡り、TBSの懲罰委員会に関する聞き取りのため一時帰国し、3月30日から4月4日までの間、出社に及ばずと通知されていたのだから、米国政治の動向を確認することが職務上必須だったとは認めがたく、山口氏の供述はにわかに信用することができない。 

 ▽山口氏は午前2時ごろ、伊藤氏がホテルの部屋で目覚めた際、「私は何でここにいるんでしょうか」と述べ、就職活動の話もしていたので、酔っている様子は見られなかったと供述する。伊藤氏のこの発言自体、ホテルの部屋にいることに同意していないことの証左である。 

 ▽伊藤氏はホテルでシャワーを浴びることなく、午前5時50分にホテルを出てタクシーで帰宅したが、これらの行動は合意の下に性行為をした後の行動としては不自然で性急だ。 

 ▽山口氏は、伊藤氏が山口氏から渡されたTシャツを着用したことは、合意なく性交渉を行ったという伊藤氏の供述と整合しないと主張するが、伊藤氏は動揺し、一刻も早くその場を離れたいとの心理状態にあり、自分のブラウスはぬれたままで、着用できない状態だったことからすると、山口氏から渡されたTシャツをとっさに受け取り、着たことも不自然ということはできない。

  ▽伊藤氏は4日、クリニックでアフターピルの処方を受けたが、避妊することなく行われた性行為が予期しないものであったことを裏付ける事情といえる。その後、友人2人に続き、警察に相談したことも、性行為が意に反して行われたことを裏付ける。 

 ▽山口氏が同月18日、伊藤氏に送信したメールには「あなたは唐突にトイレに立って、戻ってきて私の寝ていたベッドに入ってきて、そういうことになってしまった」と記載しているが、訴訟では、寝ていたベッドについて異なる説明をした。山口氏の供述は不合理に内容が変わり、その信用性に重大な疑念がある。

  ▽意識を回復した後の事実に関する伊藤氏の供述は、客観的な事情と整合するもので、重要部分で供述内容が変わることもないことからすると、山口氏の供述と比較して相対的に信用性が高い。

 ■山口氏の名誉毀損、プライバシー侵害を否定

 認定したこれらの事実から、東京地裁は「山口氏が、酩酊状態にあって意識のない伊藤氏に対し、合意のないまま性行為に及んだ事実、伊藤氏が意識を回復して性交を拒絶した後も、伊藤氏の体を押さえつけて性交を継続しようとした事実を認めることができる」と結論付けた。 

勝訴判決の翌日、日本外国特派員協会で記者会見し「ポジティブな結果が出て驚きを感じている」と語る伊藤詩織氏=12月19日、東京都千代田区

 損害額の算定に入り、伊藤氏は4月6日に整形外科で右膝挫傷などと診断されているが、東京地裁は証拠上明らかでないとして、関連を否定。それ以外の事情を考慮し、慰謝料300万円と弁護士費用30万円を認めた。 

 最後に山口氏が名誉毀損とプライバシー侵害を主張している反訴について、東京地裁は伊藤氏の記者会見や著書、週刊誌などで山口氏の社会的評価は低下したとしつつ「伊藤氏は自らの体験を明らかにし、広く社会で議論することが、性犯罪の被害者を取り巻く法的、社会的状況の改善につながるとして公表した」として、名誉毀損が免責される公共性、公益性、真実性の三つがあると認定した。プライバシー侵害の主張についても「社会生活上の受忍限度を超えていない」として否定し、山口氏の請求は全て退けた。

 ■状況証拠を積み上げる検察立証に近いか

 今回の民事裁判での事実認定は、合意のない性行為を直接示す証拠が見当たらない中、合意がなかったことをうかがわせる証拠や事情を積み上げていった。検察が自白や目撃証言などの直接証拠がない事件で、状況証拠を積み上げて有罪を立証する手法に近いのではないか。 

 不起訴処分は無罪判決ではないし、検察官の公訴権(起訴する権限)を消滅させるものでもない。いったん不起訴にした犯罪を後日起訴しても「同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問われない」と定める憲法39条に反しないことは、最高裁の判決(1957年5月24日)で確認されている。検察には、新たな証拠を発見したときなどに、再び捜査に着手する「再起」があるので、今回の民事裁判の判決も参考にして、伊藤氏の事件の再起を検討したらどうだろうか。

 なお検察官が不起訴処分にした性犯罪を巡り、被害者が提訴した民事裁判で加害者に損害賠償を命じたケースとしては、①2019年8月の名古屋地裁判決(中学1年の女子生徒に祖父が性的虐待、賠償額110万円)②同年6月の京都地裁判決(女性高校講師に上司の校長が性行為など、同590万円)③2004年9月の大阪高裁判決(40代の女性に同居男性が性行為強要、同1750万円)ーなどがある。被害者は①準強制わいせつと準強姦未遂、②準強姦など、③強姦致傷などーの容疑で告訴していた。

 さらに2016年8月の鹿児島地裁判決では、ゴルフの教え子だった女子高校生に対する準強姦罪で、検察審査会の議決に基づき強制起訴され、無罪が確定した指導者の男性に対し、330万円の損害賠償が命じられている。

 抗拒不能などの立証が起訴や有罪のネックになっているとみられ、性犯罪の処罰に向け「不同意性交罪」などの創設を止める声は高まる一方だろう。

(林良平氏編「法学―法の仕組みと機能」、高橋和之氏ら編集代表「法律学小辞典 第5版」、司法研修所検察教官室編「検察講義案」を参照した)

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