FC今治の「リアルサカつく」徹底解剖!“岡田以前”を知る人物、青木誠さんインタビュー(1)

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Jリーグへの入会を決めたFC今治について、Qolyでは「サカつく」の宮崎伸周プロデューサーと共に「リアルサカつく」の実態に迫っている。

ここまで矢野将文社長、経営企画室長の中島啓太氏にインタビューを行い、FC今治の哲学や現在地などについてお届けしてきた。

そしてこの特集もいよいよ最後。今回は、実際に現場でどのように運営しているかについて、マーケティンググループ長である青木誠さんにお話を伺った。

「リアルサカつく」を実践するクラブの現場は、一体どのようになっているのだろうか?話の中で、謎だった「岡田体制の誕生前」も明らかとなったぞ。

(取材日:2019年9月23日)

クラブの強み

宮崎:今治を訪問して、クラブの設立の背景やそれ以降の地元との関わり合い、経営の難しさなどを伺っています。実際にお客さんや試合の内容を見て運営がすごいなと思いました。

青木:(当日は)台風だったので、いつもの3割くらいしかやりたいことができなくて残念でした。

宮崎:いやいや。私はJ2、J3の試合を見に行くこともあるんですが、そういうクラブと遜色ない、むしろ色が付いているなあと。他のクラブと違う“強み”になっている運営のポイントなどありますか?

青木:他のクラブと明確に違うという所は正直ないと思います(笑)。昨日、本当は「レディースデー」ということでハンドメイドのお店が20店舗くらい並ぶ予定だったので、そういうのがなかったのがすごく残念ですね。

今治で2週間に1回の頻度で、数千人が集まる場というのは今までなかったと思います。なので行政を始めいろいろな団体からPRの場として活用したいというお声をいただけるようになりました。

行政のイベントや献血のPRブースを出してもらったり、あとはこちらかお声がけしてパトカーや消防車に来てもらったりしています。

あとグルメブースは、他のJリーグのクラブに負けてないくらい「いいですね」って声をいただいています。

宮崎:昨日まさに食べました。このスタグル(スタジアムグルメ)目的で来てもいいってくらい美味しかったです。

青木:昨日は逆にグルメくらいしか楽しめるものがなくて(笑)。

ちょうど選手プロデュースフードの日だったんです。いつもレギュラーで出てくれるお店に恩返しというのもあるんですけど、選手も事前に何度も打ち合わせや試食をしました。

今年は特に前々から時間をとってできたので満足してもらえたんじゃないかなと。

宮崎:スタジアムの出店などは、常にブースを置くみたいなやり方をされていますか?それとも“強弱”を付けられているのか。

青木:グルメに関しては、地元の方にプロデュースいただいているんですが、基本的に毎試合15、6ブースくらいは出てもらっています。テーマも「肉の日」「選手プロデュース」「スイーツデー」とか決めて。

それをシーズンの最初に企画、提案してくれるので、何度か打ち合わせをして進めていただきます。あとハンドメイドは、基本5、6店舗は毎試合出てもらえるように調整しています。

それ以外に例えば7月は保護司のPR月間ということで保護司の方が来てくれて、活動の告知を毎年してくれるようになりました。こういった感じで、いつ、どんなタイミングで、どのような人たちが来てくれるというのが見えてきました。

スペースが空いている時に備えて段ボール迷路や夢の黒板(アスファルトにチョークで自由に絵が描ける)などのイベントも用意しているので、基本的に一定の賑やかさは維持できるように準備しています。

宮崎:来場者にはご家族が多い印象を持ちました。近くにイオンモールがあるので、家族と一緒に車でサッカーを見に行くという文化が根付きつつあるのかと。

われわれのような東京の人間はだいたい歩いて動くんですが、車社会の今治ではクラブをどのようにして周知されたんですかね?

青木:明確な告知はしていなかったんですよね。おっしゃるように今治は車社会で電車を使うという概念がほとんどありません。今治市内は基本的に車、バスもあまりなくて。

どちらかというと最初は年配の方が多かったんです。他のJクラブより平均年齢が10歳くらい上とか。それで子供にも来てほしいなあと思い、ベタですけど小学校に選手が行って、サッカー教室をして、その時に無料招待するとか。

あとは子供向けのイベントなどを増やしました。その甲斐あってか、最近はちょっとずつファミリー層が増えてきた印象があります。現時点では「車社会だから」といって特別なアプローチをかけたということはないですね。

宮崎:車だと、ラジオとかも効果がありそうですよね。

青木:ラジオも毎週、今治のローカルラジオに出させてもらっています。試合翌日の月曜の午前10時から、僕かもう一人のスタッフがスタジオに行くか生電話で出演してるんですけど。

それこそ岡田さんが来る前は30分のラジオ番組をもたせてくれていました。それももう自分で全部やってくれという感じで(笑)。

当時は選手を呼んで、自分で録音して、曲を流して、最後の“完パケ”みたいなのまでやっていたので、すごく大変でしたが楽しかったです。

今は選手の出演など調整が難しくなったので、パーソナリティさんと20分程度話す感じでやってます。ただもうずっと続けていて、生放送でも問い合わせのメールなどが届いたりするので、根付いてきているのかなとは思いますね。

岡田武史が来る以前のFC今治

宮崎:岡田さんの体制になる前と後で、運営のスタンスで大きく変わったことってありますか?忙しくなったというのは確かにそうだと思いますが。

青木:はい。スタンスというか環境が“激変”しました。僕はもともと“株式会社ありがとうサービス”という会社の社員だったんです。この会社がFC今治というサッカークラブを持つことになって。

――それはいつ頃ですか?

青木:2012年ですかね。

――今治が愛媛FCリザーブだったところを、その社長さんが買われたということですかね?

青木:そうですね。当時は「愛媛FCしまなみ」というチーム名で、愛媛FCのセカンドチームみたいな立ち位置でしたが、株式会社ありがとうサービスが引き受けて、FC今治というチームを立ち上げたんです。その時は3人からのスタートでした。

それが2012シーズンで、その年にいきなり天皇杯でサンフレッチェ広島に勝っちゃって…。ジャイアントキリングを起こしてちょっと有名になったんですね。

それで、次の相手が町田ゼルビアだったのですが、広島戦の勝利に今治市も盛り上がってバスツアーをやることになり、そこで「お前、手伝え」ということで僕が手伝いをしたんです。そこで初めてFC今治と関わるようになりました。

FC今治の1年目は「しまなみスポーツクラブ」という、地元の体育施設を管理運営しているNPO法人が運営をしていました。

だから僕が実質的に運営に関わるようになったのはFC今治の2年目、2013年からですね。

宮崎:じゃあ広島戦のジャイキリがなかったら今は…。

青木:たぶん関わってないと思いますね。バスツアーのお手伝いをやったのがきっかけだったので。

宮崎:ジャイキリはやっぱりいろいろ変えるんですね、選手だけじゃなくて。

青木:でも僕は実は全然サッカー自体には興味なくて(笑)。仕事もそれまで総務とか経理をしてたんです。それが全然やったことのないサッカーの運営に携わることになって。

やることも全然分からなかったんです。体制がどうこうじゃなくて、やらないといけないことをやる。それこそ大会やリーグの出場に必要な書類を出す。国体に遠征するときは宿泊や飛行機の手配をする。

ホーム戦の運営の時は、まずは競技運営ができないといけないのでそれをやるのが精いっぱい。集客とかそこまでのことを考えられるレベルではありませんでしたね。

宮崎:え、それをお一人でやられていたんですか?

青木:運営スタッフは僕だけでした。あとは下部組織のコーチがいたので、僕とコーチでなんとかやっていたと。

あの岡田武史がくる

――その頃からですよね。結果としてはいきなり優勝、優勝、優勝と。それまで成績はそれほど良くなかったのに、2012年から急に。

青木:はい、四国リーグの中では強かったです。木村(孝洋)監督のおかげだと思います。

ただ、2013シーズンの1年間は正直本当にきつかったんです。これはもうやばい。いくら地域リーグとはいえ、このまま一人でやっていたらクラブが潰れるだろうと。それで2013シーズンが終わった時に「もう辞めます」と言いました。辞めて「塾の先生になります」みたいな感じで(笑)。

ただ、後任がいる状況でもありませんでしたし、1年間でできなかったことがたくさんあったし、何より一緒に一年間戦ってきた選手ともう少し頑張りたいという気持ちもありました。なのでもう一年は続けるということになり、自分自身もあと一年は頑張ろうという気持ちになりました。

そして2014シーズンが始まったわけですが、今度は夏くらいになって「岡田(武史)氏がオーナーになるらしい」と言う話が出てきました。

サッカーに詳しくない僕ですが、もちろん岡田さんのことは知っていました。実は『株式会社ありがとうサービス』の井本雅之社長と岡田さんは早稲田大学の先輩・後輩の関係なんです。

でも、僕は「岡田さんが来ても関係ないです。辞めます」みたいな感じでした(笑)。ありえないことだと思いますけど、自分もあの時は頑固になっていたんだと思います。

実際、岡田さんが来てから仕事量は膨大になりました。今まで僕が一人でやっていた最低限のことに加え、岡田さんが来たことでメディア対応も増え、他にもいろんな話がどんどん舞い込んできますから。

そんな時に僕の後任としてやってきたのが、現在の社長の矢野(将文)さんです。

矢野さんは東大卒でゴールドマン・サックスに勤務していたという経歴を持つ人です。なので後任に決まった時は、「すごい人がくるな」という感想でした。

それから岡田さんの就任のニュースが流れた日に初めてお会いし、「プレスリリースってどうやるの?」というところから始まって一週間くらい一緒に引き継ぎの仕事をしたんですが、それが面白かったんですよ。

宮崎:「この人となら」と?

青木:はい。すると、矢野さんからも「もう1年やってくれないか?」と(笑)。僕も矢野さんと仕事をしたいという想いがあったので「頑張ります」と答えました。

なかなかこの今治で、そういう一流のビジネスマンと一緒に仕事をする機会はないと思うので、そこから学べるところが多いなと感じました。

岡田さんが来る以前は、本当に最低限のことしかできていませんでした。自分の中ではあれもしたいこれもしたいという想いはあるんですが、お金も人もいない状況だったので。

でも岡田さんがやってきて、本来なら会えないような人が普通に岡田さんに会いにきたり、ありえないプロジェクトが持ち込まれたり…。そこは“激変”しましたね。

宮崎:一気に可能性が広がる動きだったんですね。

青木:はい。岡田さんが来る前はお客さんも選手の家族や友達が数十人で、好カードの試合で200~300人きたら「よく頑張った」みたいなそういう時代だったんです。

それが岡田さんがオーナーになって、四国リーグの開幕戦が約900人、最終戦では約2,000人だったんです。僕からしたらちょっとあり得ない光景でしたね。

正直それまでは「集客をする」という発想があまりなくて、今治の人でもFC今治のことを知らない時代でしたから。

今治の市民性

――青木さんはもともと地元の方ですか?

青木:僕はここが地元ですね。大学の4年間だけ出ていました。

――大学を出て今治に戻ろうと思ったきっかけは?

青木:いろいろありまして。普通に県外で就職してたんですが、全然合わずにすぐに戻ってきたんですよ。大学を卒業して、1年も経たないうちに戻ってきて、今治でフラフラしてて(笑)。

それこそ、『株式会社ありがとうサービス』の井本社長に拾ってもらったんです。そこで10年くらい仕事していたら急にFC今治の仕事をやることになりまして。

出向で『株式会社今治.夢スポーツ』に行ったんですが、当時は今治の人もFC今治を知らなかったので、今だから話せますが他の従業員の方も「青木さん、左遷されたんですか?」という感じでした(笑)。

――地元出身ということは、今治の市民性はよく理解されていると?

青木:どうなんですかね。今治市の市民性でいうと、「熱しやすく冷めやすい」というのはよく言われます。

愛媛でも南予はのんびりしてる人が多いと言われますが、今治は漁師、港町なのでせっかちな人が多いと言われます。「焼豚玉子飯」という名物があるんですが、あれも早く作れてすぐに食べられるからと。

――「鉄板ですぐに焼けるから」という理由で、焼き鳥が名物になったとタクシーの運転手さんから聞きました。

青木:焼き鳥もそうですね。せっかちがベースなのかもしれません。

そういう市民性なんで、飲食店がオープンすると最初は皆さん行くんですよ。でも飲食店ってどこもオープンの時はどうしてもオペレーションが不十分で待たされることも多かったりしますよね。

そうなると「あそこダメだったよ」みたいな評判がすぐに広まっちゃって、そのままもう行かないという話はよく耳にします。

うちも最初のこけらおとしで5,000人以上の方が集まってくれましたが、勝負はそれからでした…。

――夢スタは車でのアクセスが便利だと感じましたがいかがでしょうか?

青木:はい。個人的にはそう思います。

宮崎:タクシーで10~15分くらいですもんね。(渋滞などで)詰まることもなく。

試合が終わってから車の「捌け方」を見ていましたが、けっこういいですね。両サイドから出ていきますし。

車でのサッカー観戦は大抵、駐車場がなかったり、渋滞に巻き込まれたり、Jの試合を含めてあまりポジティブな印象がなかったんですけど。

青木:はい、帰りも30分くらいで捌けたりするんです。今回の試合は雨でしたが、本来、晴れていたら倍くらいの車が止まります。それでもけっこうスムーズなので、そこはいい部分かなと思いますね。

――それなりに歴史があれば、試合についてあれこれ言い合いながら歩いて帰るんですが、せっかちな市民性、サッカーの文化が根付いてない地域だとそれも重要なことですね。

青木:多くの方が「今治に岡ちゃんが来たぞ」から始まっていると思うので、「夢スタ」にはサッカーやJリーグを見たことのない方が多く来られていると感じています。おじいちゃん、おばあちゃんとか。

なので、そもそもサッカークラブがどういうものかとか、観戦する時にどうしたらいいかなど、まだ知らない方が最初は多かったように思います。

岡田さんやってきた次の年、半分くらいの選手と契約の更新をしなかったんです。そうすると、「なんでそんなに切るんだ」「もう応援しない」という意見がたくさんきました。

他にも、ユニフォームって定期的にデザインが変わりますよね。でもその時に「なんで変えるんだ、こないだ買ったばかりだぞ」という意見をいただいて…。

そこからなんです。面白いことに、2年目以降は選手が何人入れ替わろうが、ユニフォームが変わろうが何にもありませんでした。そういうものなんだと認識してくれたみたいです。

なんていうか、僕たちと一緒にファンやサポーターの方もサッカークラブというものを学んでいってるようなそんな感じがしますね。

宮崎:それいいですね。

(FC今治の大特集も次回がいよいよ最終回。明日公開予定の後編を待て!)

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プレイヤーは自分だけのオリジナルクラブの全権監督となり、クラブを育て、選手をスカウト。そして、育てた選手とともに世界の頂点を目指します。

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