EPICソニー名曲列伝:鈴木聖美 with RATS & STAR「ロンリー・チャップリン」に仕掛けられた壁 1987年 7月1日 鈴木聖美 with RATS & STARのシングル「ロンリー・チャップリン」がリリースされた日

EPICソニー名曲列伝vol.18
鈴木聖美 with RATS & STAR『ロンリー・チャップリン』
作詞:岡田ふみ子
作曲:鈴木雅之
編曲:村松邦男・鈴木雅之
発売:87年7月1日

デュエットカラオケの代表格「ロンリー・チャップリン」

令和の世において、もっとも歌われ続けているEPICソングではないか。歌われ続けている場は無論、カラオケである。80年代のこの曲、鈴木聖美 with RATS & STAR 『ロンリー・チャップリン』と、90年代の藤谷美和子・大内義昭『愛が生まれた日』は、それぞれのディケイド(10年間)を代表するデュエットカラオケ・ソングだ。

しかし、売上枚数はたったの11.5万枚。ここは正直意外に思った。逆に言えばそれくらい、カラオケという場で、(多少怪しい関係の)男女が歌うこの曲を、おびただしい回数聴いたということだろう。

名義は「鈴木聖美 with RATS & STAR」。鈴木雅之が実の姉である聖美(きよみ)をプロデュースすることとなり、RATS & STARを挙げてバックアップしたという流れ。しかし世間の認識は「姉・鈴木聖美と弟・鈴木雅之のデュエット」というものだったと思う。

タイアップはカメリアダイヤモンド、深夜に大量放映されたCMは効果絶大!

ヒットの要因は、多くのEPICヒットと同じく、CMタイアップである。それも当時の深夜、頻繁に流れていた「カメリアダイヤモンド」のCMだったので効果絶大。

出演していたのは、映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』などで知られていた女優リー・トンプソン。(おそらく)アメリカの道路の上で、屈強な男性陣とともに、故障したトラックを持ち上げるというもの。コピーは「もうひとりの私を、見せてあげたい」。

「カメリアダイヤモンド」「銀座ジュエリーマキ」「銀座じゅわいよ・くちゅーるマキ」などは、宝石輸入・加工・販売会社の株式会社三貴のブランドである。最新の邦楽曲とタイアップして、深夜を中心に大量放映したCMの効果で、先のブランド名が世間に知られることとなった。

スージー鈴木からの提案、三貴CMヒット曲のコンピレーション

ところで私は、拙著『1984年の歌謡曲』で、三貴のCMで流れたヒット曲のコンピレーションCDの選曲案を提案している。どうだろう。曲順まで検討したつもりだ。

01. 天使よ故郷を見よ / アン・ルイス
02. 桃色吐息 / 高橋真梨子
03. 太陽のKomachi Angel / B'z
04. 男 / 久宝留理子
05. Woman / 中西圭三
06. BIG WAVE やってきた / 渡辺美里
07. ロンリー・チャップリン / 鈴木聖美 with RATS & STAR
08. 恋心 / 相川七瀬
09. だまってないで / 松田樹利亜
10. 空 / 五輪真弓

鈴木雅之の才能、ドゥーワップからアーバンソウルへ

『ロンリー・チャップリン』の曲調は「アーバンソウル」とでも言うべき、大人っぽいものである(ジャーメイン・ジャクソンとホイットニー・ヒューストンのデュエット『やさしくマイ・ハート (Take Good Care Of My Heart)』の影響を明らかに受けている)。編曲には、元シュガー・ベイブの村松邦男もクレジットされている。

70年代の東京にいた、ドゥーワップ好きの若者2人が、その後ドゥーワップを発展させて、大きなマーケットを確立する。豊島区の山下達郎くんは「シティポップ」へ。大田区の鈴木雅之くんは「アーバンソウル」へ。才能があるということは「才能を発展させる才能」があるということに他ならない。

男性が越えねばならない「ロンリー・チャップリンの壁」とは?

さて最後にまたカラオケ話。この曲のデュエットを女性に持ちかける男性は、その女性にそれなりの思惑を持っているはずである。

しかし、その男性が最初に超えなければいけない壁があるのだ。それはサビの部分のハーモニーである。音の取り方が実に難しく、ここで失敗することで、恋愛自体にも失敗した男性が、当時とても多かったはすだ。別名「ロンリー・チャップリンの壁」。簡易楽譜だとこういう感じ。

「少年のように」が3度のハーモニー(赤が女性、黒が男性)、「ほほえんで」はユニゾン(青)。「少年のように」の男性パート(黒)の「ラー・ラソ・ラーラソラ・ー」の「ラ」(6th)の音が、伴奏のコードの中に入っておらず(もしくは入っているが音が小さい)ので、何というか、歌うのにとても勇気が要るのである。

ここをビシっと決めて、最初の壁をスムーズに乗り越えられたら、周囲は喝采、2人の雰囲気も良くなり、次の恋愛ステップにすすめる可能性がグッと上がる。逆に、失敗してフニャフニャになってしまうと、その場で「孤独なチャップリン」になってしまう――。

「ロンリー・チャップリンの壁」に殉死し、「♪ ドゥワチュワナダゲーン」とつぶやきながらトボトボ歩く「孤独なチャップリン」を、私は当時、新宿や六本木の路地で、何人も見たものだ。

※ スージー鈴木の連載「EPICソニー名曲列伝」
80年代の音楽シーンを席巻した EPICソニー。個性が見えにくい日本のレコード業界の中で、なぜ EPICソニーが個性的なレーベルとして君臨できたのか。その向こう側に見えるエピックの特異性を描く大好評連載シリーズ。

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etc…

カタリベ: スージー鈴木

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