記述式中止で重視したい「数える」こと  AI時代にこそ必須 桜美林大教授・芳沢光雄

芳沢光雄桜美林大教授

 大学入学共通テストの記述式問題が「中止」で決着した。では今後、大学入試はどうあるべきか。大学の個別試験の数学では、「理解力」と「論述力」が要点となるべきだと考える。これまでは穴埋め式問題やマークシート式問題を解くための学びが主流になってきた。その負の側面を補うためだ。

 特に憂慮する問題として「数えること」がある。「数えること」は、人類の文化を発展させた本質であるにも関わらず、ないがしろにされている。

 ■深刻な異変、微積ができても…

 紀元前8千年頃から始まる新石器時代の近東には、小さな粘土製の「トークン」というものがあった。数えるための道具である。油は卵型のトークンで数え、穀物は円錐形のトークンで数えるというように、物品それぞれに応じたトークンがあった。

 1壺の油は卵型トークン1個で、2壺の油は卵型トークン2個で、3壺の油は卵型トークン3個でというように、1つ1つに対応させる関係に基づいて使われていた。その後、個々の物品の概念から独立して整数の概念が誕生したのである。数えることを知った人類は、それによって「客観的な議論」を進められるようになる。

 この「数えること」に深刻な異変が起きている。微分積分の計算はスラスラできる大学生でも、イチ、ニ、サン…と素朴に数えることを苦手としているのだ。具体例で説明しよう。

 高校で順列記号Pや組合せ記号Cを習い、順列や組み合わせを数える公式を学ぶが、なんでもPやCを使わないといけないという強迫観念があるようだ。出発点から目的地までの道の本数を、樹形図などを用いて素朴に数えればよい問題に対し、PやCを無理に使ってとんでもない答えを導いてしまう。

 クラスの生徒の誰もが文化部か運動部に所属しているとき、クラスの生徒数を求める問題の答えは[文化部の生徒数+運動部の生徒数-両方に所属している生徒数]であるが、この意味が伝わらない。「この問題を解く公式を教えてください」、と真顔で質問してくる。

 聞くと「何でも暗記だけで学習させられてきました。いわゆる説明文(証明)を書く問題はほとんどできません。理由をとことん説明する先生(筆者)に出会ったのは初めてです」と言う。しかも、その学生は多項式の微分積分の計算はできるのだ。

 ■理解力・論述力を支える

 ここで「数えること」が、理解力や論述力を支えていることを実感していただくために、多様な側面を持つことを紹介したい。

 まず「2通りに数える」ことである。例えば、アルバイトの出勤表のようなものを考える。アルバイトの総数が10人の場合、タテに並ぶ行の個数は10行である。ヨコに並ぶ列の数は日曜から土曜までの7列。この表で、各行の〇(出勤日のマーク)を全部足した結果と、これとは別に各列の〇(出勤日のマーク)を全部足した結果は等しくなる。

この発想を用いると、「毎日30人のアルバイトが出勤する年中無休の店があり、各アルバイトは週にちょうど3日出勤する」という条件から、アルバイトの総人数は70人であることが分かる。

なぜならば、アルバイトの総人数をnとすると、1週間の全部の〇の個数は、3×nでもあり(n人の各人が週に3日出勤)、30×7でもある(日曜から土曜まで毎日30人が出勤)。したがって、

3×n=30×7

となって、n=70が導かれる。

 次に「対称性を利用して数える」ことである。例えば、「正五角形をそれ自身に移す移動は全部で何個あるか」というような問題である。動かさないものも1つの移動と考えると、全部で10個ある(裏返さないで5個、裏返して5個)。

 さらに「帰納的に数える」ことがある。例えば、条件を付けて階段を昇る問題がある。1歩で1段または2段のいずれかで階段を昇るとき、1歩で2段昇ることは連続しないものとする。5段の階段を昇る方法は何通りあるかを求めてみよう。

 例えば、③は3段目まで昇る総数を表すとすれば

 ①=1、②=2、③=3

までは,易しく分かる。ちなみに、②は[1段→1段]か[2段]で昇るの2通りである。③は[1段→1段→1段]、[2段→1段]、[1段→2段]の3通りである。次に④を求める。

 ④=4段目に昇る最後の1歩は1段の場合の総数

   +4段目に昇る最後の1歩は2段の場合の総数

  =③+(②のうち2段目に昇る最後の1歩が1段の場合の総数)

  =3+1=4

 答えは4となる。5段目はどうなるか。

 ⑤=5段目に昇る最後の1歩は1段の場合の総数

   +5段目に昇る最後の1歩は2段の場合の総数

  =④+(③のうち3段目に昇る最後の1歩が1段の場合の総数)

  =4+2=6

 この階段の昇り方の問題は、かつて京都大学の入試問題で「15段を昇る」として出題されたことがあり、「算数で解ける大学入試問題」として話題にもなった。一歩ずつ素朴に数える必要があり、「数えること」を苦手とする学生たちを考えた末の問題であろう。

 ■バーコードの仕組みにも

 さて、数学には「離散数学」という分野がある。有限個の世界を対象として、AI時代に重要な符号理論やアルゴリズム論などの基礎になる。電気や化学の研究に直結するグラフ理論や、符号理論や実験計画法の研究に直結するデザイン論などを中心とする分野であるが、研究手法として上記で紹介した「2通りに数える」、「対称性を利用して数える」、「帰納的に数える」ことなどが特徴としてある。

 符号に関する簡単な一例を紹介しよう。さまざまな商品には13桁のバーコードがある。

「9784065181782」で説明しよう。

 前から奇数番目の数の合計+(前から偶数番目の数の合計)×3

が10の倍数になるように最後の数を設けている。実際に計算してみる。

 (9+8+0+5+8+7+2)+(7+4+6+1+1+8)×3

 =39+27×3

 =120

 この仕組みによって、数字の読み間違いが1文字あると、「誤り」と認識できる能力を持つことになる。「それでは13桁のバーコードは最大何個設けることができるだろうか」というような問題を考えても、数える力が必要なことが理解できるだろう。

 繰り返すが、これからの時代を担う世代には「理解力」と「論述力」が大切だ。その基礎に「数える」ことがある。入試でも学校現場でも大切にしたい。

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 よしざわ・みつお 53年東京生まれ。東京理科大教授を経て現職。数学・数学教育。『離散数学入門~整数の誕生から「無限」まで』(講談社ブルーバックス)など著書多数。25年前から各地の小・中・高校で出前授業を展開し、大学での講義と合わせて約3万人の学生・生徒に教えてきた。

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