長崎 この1年(2) 石木ダム全用地収用 変えぬ生活 「私らの闘い」

「石木ダム建設絶対反対」を訴えて毎日県道沿いに座る岩下すみ子さん=川棚町石木郷

 長崎県と佐世保市が石木ダムを計画する東彼川棚町。車が行き交う県道沿いに、水没予定地の住民、岩下すみ子さん(71)が座っていた。時折、顔見知りの車がクラクションを鳴らして通り過ぎると、すみ子さんも笑顔で手を振る。「結構目立つけんね。小さなことかもしれんけど、ここに来ることで『自分も闘ってる』って思えるとよ」
 他の反対住民や支援者らは、同ダム建設に伴って県が進めている県道の付け替え工事現場で抗議の座り込みを続ける。すみ子さんも毎日参加していたが、痛めた股関節を手術した10月以降は、山道を歩き座り込み現場へ通うのが難しくなった。「何かできることを」と思い付いたのが、近くの県道でダム問題を訴えることだった。今月から毎日午前中の約2時間、「石木ダム建設絶対反対」ののぼりを手に、この場所で一人、“闘って”いる。
 激動の1年だった。土地収用法に基づき、反対住民13世帯の宅地を含む未買収地約12万平方メートルの補償額などを審理していた県収用委員会が5月、土地の収用と明け渡しを裁決。9月20日までに全ての土地の所有権が県と佐世保市に移り、ダム事業に必要な全用地の権利取得を終えた。
 11月18日には、13世帯の民家など物件がある土地も明け渡し期限となり、県と同市は全てについて行政代執行の手続きが可能となった。同29日は、住民らが国に事業認定取り消しを求めた訴訟の控訴審判決。福岡高裁は一審の長崎地裁に続き、住民側の訴えを退けた。
 明け渡し期限が過ぎた今も、水没予定地の川原(こうばる)地区では13世帯約50人が生活している。表向きには何も変わらない平穏な暮らしだが、法的な“後ろ盾”は完全に失われた状況にある。
 それでも「どん底とは思わない」と、すみ子さんは笑い飛ばす。反対住民のリーダー格、和雄さん(72)に24歳で嫁ぎ、喜びも、悲しみも、怒りも、川原地区の仲間たちと分かち合ってきた。「誰に恥じることも、哀れまれることもない。『70年、充実した人生』って胸張れる。外から見たら、分からっさんと思うけどさ」。この土地で、変わらず、笑って暮らす。「それが私らの闘いさ」

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