ひとりぼっちの恨み節? バブル期に怒りを持って放たれた「クリスマス・イブ」 1988年 12月 JR東海の CM「ホームタウン・エクスプレス X'mas編」がオンエアされた時期

恋人がサンタクロース、クリスマスは恋人のために甲斐性を見せる日?

冬が大嫌いでクリスマスにも興味が無かった。

クリスマスが日本独自の文化になった時代の始まりから終わりまで、ひたすらショップの売り場でサンタ帽を被って見ていた私―― そして、80年代、ユーミンが『SURF&SNOW』のアルバムを出し、「恋人がサンタクロース」を高らかに歌いあげた。

 恋人がサンタクロース  本当はサンタクロース  プレゼントを抱えて  恋人がサンタクロース  背の高いサンタクロース  私の家に来る

恐らくこの曲が「クリスマス=恋人のために男の甲斐性を見せる日」との定義付けをしたのだろう。ユーミンの人気と共に、それはじわじわと広まっていった。

バブル期のクリスマスはティファニーと赤プリのシャンパン?

男たちは愛する女のために銀座4丁目のティファニーの売り場に並び、列を成した。12月に入ったらアクセサリーはほぼ完売、店は買えなかったお客に完売証明書なる紙を発行し「男=サンタクロース」の面子を立ててくれたものである。

そして、今はもう無い伝説の赤坂プリンスホテル… 通称「赤プリ」で高いシャンパンを飲み、手に入れた宝飾品を女にプレゼントする男たちは確かにいた。勿論、1年先のクリスマスイブ、クリスマス当日の部屋を予約するのは当たり前の流儀、特別料金なのに満室であった。

ラブホテル、シティホテルまでが、赤プリに倣って特別料金を設定しだしたのもこの頃だ。2時間休憩で数万円なる価格設定にホテル難民となった恋人たちが殺到、寒い夜に道玄坂のホテル街を空室のランプと値段を見て彷徨い歩くカップルは、さながら聖地巡礼のように見えた。

ユーミンの「恋人がサンタクロース」はシングルカットされなかったが、まるで恋人とのクリスマスを推奨するかのように絶えず街中で流された。84年からはワム! の「ラスト・クリスマス」がそこに加わり鳴り響く。

アッシー、メッシー、ミツグ君、さらにマニアックなテープ君(笑)

当時の女の子たちには、クリスマスを過ごす背の高い「本命の彼氏」以外にアッシー、メッシー、ミツグ君といった、いわゆる彼氏未満の男子が沢山いた。

アッシー: プライベートタクシーのように、クルマでいつでもどこでも来てくれる。特に高級外車持ちの男子。

メッシー: グルメで、ご馳走してくれる男子。

ミツグ君: 大体買い物に同行。欲しい物があったら買ってくれる男子。

さらにマニアックな「テープ君」なる男子も存在した。カセットテープでお気に入りの曲を作って渡すのは恋愛の入口手前にいる男子によくあるアプローチでもあった。

わざわざ高価なメタルテープを買い、ダブルカセットデッキを駆使して片面30分、計60分のテープを作る。それはラブレター代わりだったり自己紹介だったりしたが非常に手のかかる面倒な作業だっただろう。

赤プリのシャンパンには縁が無かったが、この私ですらテープ君からのカセットテープは毎年のように貰っていた。忘年会での参加賞がティファニーのボールペンだったこともあったし、アッシー君はこぞってクルマで送ってくれたものである。

彼らは、総じて奥手で告白出来ないタイプ。勿論、好きな相手だから必死に得意ジャンルでアプローチするのだが、なかなか彼氏に昇格出来ない。選択権はいつだって女子にあった。それにしても、何て女性上位で都合の良い男達が溢れた時代だったのか――。

男たちからの恨み節? 名曲だけど怖い山下達郎「クリスマス・イブ」

そして 88年、山下達郎の「クリスマス・イブ」が JR東海『ホームタウン・エクスプレス X'mas編』の CM ソングとして登場する。

 きっと君は来ない  ひとりきりのクリスマス・イブ  Silent night, Holy night

今や伝説となっているこの CMは、新幹線のホームで女の子が切なそうに遠距離恋愛の彼氏を待っているというもので、赤プリの女の子とは真逆な内容だ。

しかし、CM のイメージと歌詞がこれほど食い違う歌はそうそう無い。曲を最後まで聴いても、雨が雪に変わり彼はひとりぼっち… 要は告白すら出来ず、すっぽかされた男子の失恋歌じゃないか。

その美しいメロディーに反し、私には彼氏未満の男性たちからの恨み節に聞こえて仕方ない。名曲だけど怖いのだ。まるで「テープ君」の心の叫びのように。

クリスマスの予約が数年先まで満室だった赤プリはもう無い。ティファニーブルーの袋を手に持つ男子もほぼ見なくなった。それでも、イブは彼氏と過ごすという風潮を残しながら、今年も「クリスマス・イブ」は流れ続けている。

聖なる夜を性なる夜に変えた時代の空気感に対し、怒りを持って放たれた曲かどうかはさておいて。

※2018年12月23日に掲載された記事をアップデート

カタリベ: ロニー田中

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