大人気の「マヌカハニー」、その裏で起こっている騒動とは 商標登録巡り、NZと豪州で争いも【世界から】

なめらかでキャラメルを思わせる味がするマヌカハニー。健康にも良いとあって、世界中でファンが増えている(C)www.ReadPlease.com(CC BY 2.0)

 ニュージーランドのあるスーパーマーケットで初めて、棚にある同国原産の高級はちみつ「マヌカハニー」を買おうとする人は一様にびっくりする。中身が空なのだ。購入するためには、次のような手順を踏まなければならない。まず、空容器を持ってレジへ行き、支払いを済ませる。すると、事務所から中身の入ったマヌカハニーを出してきてくれるので、空容器と交換する―。

 何とも面倒だが、ここまで厳重にするのには理由がある。盗難防止だ。マヌカハニーはとても人気が高く、良質のものだと1キロ当たりで400ニュージーランド・ドル(約2万9000円)もする。日本のスーパーで良く目にするはちみつの多くが同じ1キロで1500円から3000円くらいなのでいかに高いかが分かる。あまりの高価さとはちみつそのものの色があいまって「リキッド・ゴールド」との異名を取るほどだが、ここまで高額になると本物のゴールドさながらに翻弄(ほんろう)される人間も出てくる。

マヌカの花。ニュージーランドの「春から夏」にあたる10月から翌年2月にかわいらしい花を付ける(C)Avenue(CC BY-SA 3.0)

 ▽約10年で売り上げ10倍

 マヌカは、ニュージーランド原産のフトモモ科ネズモドキ属ギョリュウバイ種の常緑低木だ。ちなみに、マヌカは先住民であるマオリの言葉だ。樹皮を煎じて解熱剤や鎮痛剤、下痢止めとして、燃やした灰は皮膚病にというように、木を余すところなく伝統治療に用いる。日本で「復活の木」や「癒やしの木」とよく言われるのは、こうしたマオリによる古来の利用法からきているのだろう。ウメを小さくしたような花を付け、これの花蜜からマヌカハニーを作る。通常のはちみつにはないメチルグリオキサラーゼ(MGO)という物質を含んでいるため、抗菌作用が非常に高いのが特徴で、炎症を抑えるほか、傷などを早く治すなどさまざまな効果が期待できるとして世界中で人気がある。

 マヌカ自体の数は限られ、開花期間は6~12週と短い。さらに近年はミツバチの数の減少や気候不順が影響し、生産量は頭打ちとなっている。

 一方、マヌカハニー市場は拡大の一途をたどっており、国内養蜂業界の代表組織「アピカルチャー ニュージーランド」によれば、昨シーズンの総輸出額は3億5000万ニュージーランド・ドル(約252億円)に上る。これは3600万ニュージーランド・ドル(約26億円)だった2006年と比較すると、驚くことに約10倍となっている。

 ▽犯罪も増加

 値段が高くても飛ぶように売れるとあって、闇での売買も少なくない。実際に摘発された事例もある。典型的な手口は次のようなものだ。盗み出した大量のマヌカハニーを市場価格より少しだけ安くして販売。客はアジア人が多く、海外に売られた可能性があるという。

 養蜂箱の盗難も相次いでいる。この養蜂箱から採取したマヌカハニーを質の良くないマヌカハニーと混ぜるほか、普通のはちみつとブレンドさせたものを「マヌカハニー」と称して、高い値段をつけて売る。少年刑務所の中には、「更生プログラム」として養蜂を教えるところもある。このため、そこで得た知識を元受刑者が悪用し、盗難に手を貸すケースが出るのでは―。そう危ぶむ声もあがっている。こうした「偽マヌカハニー」は少量生産なため、〝出荷〟されるのは週末だけ行われるマーケットが中心となる。結果、売買は人目に付きづらくなる。

 偽造はとどまるところを知らず、ついには大手メーカーも「偽マヌカハニー」作りに手を染めた。健康食品メーカー「エバーグリーン・ライフ社」が、効果がそれほど期待できない低品質のマヌカハニーに人工のMGOなどを添加した製品を、高品質のマヌカハニーとして販売したのだ。農林水産業や食品を始めとする第1次産業の監督などを担当するニュージーランドの第1次産業省は、同国産のマヌカハニーに厳密な定義を設けている。それによると、最終製品には何も添加・除去してはいけないことになっている。結局、同社には計37万2000ニュージーランド・ドル(約2700万円)の罰金刑が課された。

 「ユニーク・マヌカ・ファクター・ハニー・アソシエーション(UMFHA)」は、純正マヌカハニーであることを認証する「UMF」の表示を管理している。同団体は偽マヌカハニーが出回ることで、高品質で知られるニュージーランド産マヌカハニーの評価が下がり、売り上げが減ることを防ごうと、純粋なマヌカハニーかどうかを調べることができるポータブル検査機器を開発した。機器は、原生植物であるマヌカの蜜が持つ独特の微分子の特徴を読み取り、マヌカの花のみを蜜源としたはちみつと、それ以外の複数の花からのはちみつを区別することができる。

マヌカハニーの養蜂箱。ヘリコプターのみでしか行くことができない、人里離れた場所に置かれることもある(C)Ivan Radic(CC BY 2.0)

 ▽たかが、はちみつ。されど…

 ニュージーランドは近年、「マヌカハニー」という名称をめぐり、オーストラリアと対立している。火種は、ニュージーランドの生産者が「マヌカハニー」という名を商標登録しようとしていることにある。それは同国内だけでなく、ヨーロッパ連合(EU)や米国、英国、中国も含んでいる。「マヌカハニー」といえば、「ニュージーランド産の、ギョリュウバイ種のみを蜜源とするはちみつ」という定義の確立を目指す。これは高品質の保証でもあり、消費者の混乱を解消し、売り上げを伸ばすためでもある。

  ニュージーランド政府も商標化を支持する。今年9月、商標化実現のための組織「マヌカハニー・アぺレーション・ソサエティー」に600万ニュージーランド・ドル(約4億3300万円)の活動資金を提供することを決めている。

 商標取得の動きに対し、オーストラリアの生産者はニュージーランドが利益を独占しようとしていると、怒りを隠さない。オーストラリアに自生するギョリュウバイ属の植物全般を蜜源とするはちみつも、立派な「マヌカハニー」であり、ニュージーランド産と同等か、それ以上の健康効果があると主張する。

 名称の商標取得には、ほかの側面もある。先述したように「マヌカ」はこの国の先住民マオリの言葉なので、文化的な意味合いも持ち合わせているのだ。マオリの人々はマヌカを「宝」として扱い、その「はちみつ=マヌカハニー」を含め、さまざまな樹木を伝統医療に用いてきた。ニュージーランドとの強い結びつきを軽んじ、他国のものに「マヌカ」という名称を使うのは、文化を無視しているも同然だというのが、ニュージーランド側の言い分だ。

 一昨年、英国知的財産庁は「マヌカ」を、ニュージーランドのマヌカハニーの蜜源であるギョリュウバイ種を指すマオリ語であることを承認した。ニュージーランドでも昨年、「マヌカハニー」の商標が認められた。現在、マヌカハニーの〝一番の上得意〟である中国でも、同様の手続きが進行中だという。オーストラリア側はこれを阻止すべく必要書類を提出している。

 たかが、はちみつ。されどはちみつ―。多額のお金を生み出す「リキッド・ゴールド」を巡っては、今後も話題に事欠くことはなさそうだ。(ニュージーランド在住ジャーナリストクローディアー真理=共同通信特約)

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