「誰も“負け犬”になりたくてなるわけではない」ソン・ガンホが語る『パラサイト 半地下の家族』

ソン・ガンホ

ポン・ジュノ監督『パラサイト 半地下の家族』は2019年を“象徴する”映画

2019年を代表する映画は『アイリッシュマン』などいくつかあるが、2019年を“象徴する”映画はポン・ジュノ監督の『パラサイト 半地下の家族』をおいて他にない。

『パラサイト 半地下の家族』© 2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED

次から次へと予想外の事態が起こり、エンターテインメントとしてとにかく面白いのと同時に、世界中を寄生虫のように蝕む格差社会を痛烈に批判している。そして今を象徴すると同時に、家族と社会という普遍的なテーマを内包している、とてつもない傑作だ。

映画は、カビ臭い半地下(ほぼ地下室なのだが、窓がぎりぎり地上に出ている)で暮らす失業中のキム一家が、長男が家庭教師の職を得て、IT企業のパク社長の豪邸に入り込むことから始まる超ブラックコメディ。タダでは起きない図太いキム一家と、ゆとりがあり過ぎてちょっと間抜けに見えるパク一家の対比に笑っているうちに、超格差社会の現実が明らかになっていく。

富裕層と貧困層がいかに共生不可能か、完璧なエンターテインメントで描く『パラサイト 半地下の家族』

『パラサイト 半地下の家族』© 2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED

カンヌ映画祭で韓国映画初のパルム・ドールを受賞したのをはじめ、アメリカでも数々の映画賞を総なめにしており、オスカー前哨戦にあたるSAGアワード(全米映画俳優組合賞)の作品賞にあたるキャスト演技賞の候補にもノミネートされた。そんなキム一家の父親ギテクを演じるのは、ソン・ガンホだ。

ソン・ガンホ

『殺人の追憶』(2003年)『グエムル 漢江の怪物』(2006年)『スノーピアサー』(2013年)などポン・ジュノ映画の顔であり、『タクシー運転手 ~約束は海を越えて~』(2017年)をはじめ韓国映画の顔でもある。先日のL.A.批評家協会賞では『アイリッシュマン』のジョー・ペシをおさえ、見事に助演男優賞に輝いた(助演と主演の定義は難しいのだが、群像劇のため助演となった模様)名優に話を聞いた。

「僕はギテクを駄目な人間、負け犬として演じるつもりはありませんでした」

―素晴らしい作品、素晴らしい演技に圧倒されました。

(日本語で)ありがとうございます。

―ポン・ジュノ監督の作品に数多く出演されていますが、『パラサイト』は今までと何か違いを感じましたか?

『パラサイト』は、日本でもファンの多い『殺人の追憶』と共通する部分があるとは思いますね。ポン・ジュノ監督の作品では、いつも私たちの日常生活の内側に迫り、どのように生きているのかを見せてくれますが、『パラサイト』では監督が今までよりも、どれほど成熟したかがきっとわかると思います。

『パラサイト 半地下の家族』© 2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED

―あなたが演じたギテクはいわゆる負け犬ではありますが、悪人ではありません。彼をどのように捉えていますか?

どんな人も、負け犬になりたくてなるわけではありません。それは社会の状況がそうさせてしまったんです。

ギテクもできるだけ努力をしたのですが、何をやってもうまくいかなかった。そういう人は世間に多いのではないでしょうか。このキャラクターは、そんなうまくいかない人の象徴だと思うんです。

だから、僕はギテクを駄目な人間、負け犬として演じるつもりはありませんでした。ただ、ギテク自身がこの境遇を生み出したわけでないけれども、巻き込まれた状況に自分を合わせてしまう。言ってみれば、とても順応性が高い人物なんですね。そんなふうに、ギテクという人物を捉えて演じました。

―実際にお会いするソン・ガンホさんはとても素敵な方なのに、どうして毎回、いわゆる冴えないおじさんになりきれてしまうんでしょう?

ありがとうございます(笑)。毎回その映画の中の人物に、見た目を含め、なれるよう努力をしています。そのキャラクターによって顔の表情をはじめ、感情の見せ方、身振りや動き方が違います。そこから人物が浮かび上がってくのだと思いますね。

ソン・ガンホ

―ポン・ジュノ監督は、キム・ギヨン監督の『下女』(1960年)を撮影前に何度も観直したそうです。あの映画も、経済格差や家というものが背景にありますね。その点について、ソン・ガンホさんはどう思われますか?

ポン・ジュノ監督は、キム・ギヨン監督を尊敬していますし、『下女』は韓国映画の伝説的な傑作です。ただ、私は『下女』と『パラサイト』はアプローチが少し違うと思いますね。

『下女』は、もっと個人的な視点から社会格差を描いています。でも『パラサイト』は、社会全体を透視しているというか、より広い視点を持っているし、そしてリアリティがある。言ってみれば、ユニバーサルな視点を持つ映画になったのではないでしょうか。

あの豪邸を買うには547年もかかる!? 欧米での好反応に胸をなでおろしたポン・ジュノ監督が振り返る『パラサイト 半地下の家族』

「ポン・ジュノ監督は最後のシーンで、観客の皆さんに大きな質問を投げかけています」

―社長役のイ・ソンギュンさんとは初共演ですよね? 社会の格差を象徴する二人でしたが、共演してみていかがでしたか?

実はイ・ソンギュンさんとはとても仲の良い友達なんですよ。ただ共演するのは初めてなので、撮影前は少しナーバスになりました。うまくいかなかったらどうしようって(笑)。でもその心配は無用で、やはりすごく息が合いましたね。

『パラサイト 半地下の家族』© 2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED

―お二人が近しいご友人同士だったとは知りませんでした! では、若い俳優さんたちとは何か演技についてお話されましたか?

私に限らず、俳優同士で演技について話をすることはあまりないものなんです。どの俳優にもそれぞれのアイデンティティがあるし、演技へのアプローチが違いますから、個人の領域に踏み込むことにもなってしまうので。特別その話題を意識して避けているというわけではないですし、目を奪われるような演技を見たら、その話をしたりはするんですが、習慣的に演技そのものについてあまり話さないんですよ。

―『タクシー運転手』でも『パラサイト』でも運転しながらの演技がありますが、苦労はありましたか? 映画ではご自身が実際に運転されているのでしょうか?

ちゃんと僕が運転してますよ、本当に(笑)。運転しながら演じること自体は特に問題ないのですが、車内という狭いスペースで演技をすることのほうが大変ですね。狭い上に、カメラや機材が近くにあって動きがとても限られるので、車の中で演じるのはかなり難しいんです。

―結末は明かせませんが、ある種のオープン・エンディングです。ソン・ガンホさんは、ギテクたちがどうなると思っていますか?

この後も彼らの物語は続いていきますし、いろいろ難しい問題に直面するでしょう。悲しいけれど、彼らにすごく明るい未来が待っているとは言えないでしょうね。でも、それが彼らの現実であり、同時に私たちが暮らす社会の現実でもあります。

最後のシーンで、ポン・ジュノ監督は観る人に大きな質問を投げかけているのです。“あなたはこれからどうしますか? この状況を変えられますか?”と。

「未来への不安や恐れを描きたかった」ポン・ジュノ監督『パラサイト』とコロナウイルスを語る

取材・文:石津文子

『パラサイト 半地下の家族』『下女』『殺人の追憶』『グエムル 漢江の怪物』『スノーピアサー』はCS映画専門チャンネル ムービプラスで2021年12月放送

© ディスカバリー・ジャパン株式会社