ティアーズ・フォー・フィアーズ、純粋で実直な本気のニューウェーヴ 1983年 3月7日 ティアーズ・フォー・フィアーズのファーストアルバム「ザ・ハーティング」がリリースされた日

第二次ブリティッシュ・インベイジョン、世界進出を果たしたティアーズ・フォー・フィアーズ

1980年代半ば、第二次ブリティッシュ・インベイジョンの波に乗って世界進出を果たした多くのイギリス出身バンドのひとつ、ティアーズ・フォー・フィアーズ。全米のチャートを賑わせた傑作セカンドアルバム『シャウト(Songs From The Big Chair)』(1985)から、不朽の名曲シングル「シャウト」「ルール・ザ・ワールド(Everybody Wants to Rule the World)」を特大ヒットさせたことで主に知られる、カート・スミスとローランド・オーザバルの二人組である。

一般的にニューウェーヴ・バンドと称されている彼ら。センチメンタルでメロディアスなエレポップで大きな評価を得たこのアルバムを彼らの代表作に挙げる人は多いと思うし、構成も完璧な本作は個人的にもずっと変わらず愛聴盤の一つである。しかし、ことにニューウェーヴの観点でいえば、彼らが本気の「それ」を演っていたのは他でもなくファーストアルバムの『ザ・ハーティング(旧邦題:チェンジ)』だけだったと思うのだ。

ファーストアルバムはとっつきづらい? それともハッとさせられる作品?

この『ザ・ハーティング』は、2作目から彼らを知ったという方には少々とっつきづらい作風であったかもしれない。それだけ音楽性も違うし、何より『シャウト』のストリングスを用いた壮大さとは打って変わったアンダーグラウンドな暗さがアルバム全篇にぼんやりと漂っている。

デビュー以前において、のちのネイキッド・アイズのメンバーとスカバンドをやっていたという彼らの当時の音楽性は、パンク~ポストパンクの流れを継いでいて、最も影響を受けたと語るジョイ・ディヴィジョンの影を感じる抑鬱感に、バスドラやベースラインを強調することでよりダンスビートに接近、彼らならではのエレポップが展開されている。

そこに花を添えるかのように繰り返し多用されるギターのリヴァーブとアコースティックな音は、深い闇と対比して一筋の光明を照らすかのような美しさがあって、これぞティアーズ・フォー・フィアーズならでは!と思わせるセンチメンタルな世界観だと、ハッとさせられる作品なのだ。

TFF の二面性、絶望を歌いながら勇気づけてくれる強さ

こうした闇と光、陰鬱さと希望という美しい二面性を覗かせる彼らの世界観は、その歌詞からも一貫して感じられる。彼らが歌う “闇” は二人の実体験が元になっていて、どちらも幼少期に両親が離婚し、学校でも友達はなく、外の世界にも家庭にも居場所を感じられないまま育ったことが人格形成に影をもたらしたのだという。

もう十分な大人でありながらそんな思春期の傷を引きずる自己憐憫っぷりにはどこかパンクの匂いを感じてしまうのだが、しかしそんな、どん底の心にうっすらと光を照らしてくれる詞の世界は、おそらくこの当時、似たような境遇の若者には心強く響いたんじゃないだろうか。

「♪ 君は愛を示してくれない、ただ僕にくれたのは薄暗い孤独な居場所だった」と、まるで引きこもりソングな「ペイル・シェルター」。「狂気の世界(Mad World)」では「♪ 自分が死ぬ夢が今まででいちばん良い夢」と励ましの言葉も見当たらないぶっ飛んだ絶望を歌いながら、デビュー曲「悩める子供達(Suffer the Children)」では、そんな弱い子供たちの悩みも僕は全部理解している、と逆に勇気づけてくれる強さをも見せてくれるのだ。

アルバム「ザ・ハーティング」心の叫びを新時代の音楽で表現した本気のニューウェーヴ

若者ならではの苦悩を純粋に歌い上げた『ザ・ハーティング』の後、アメリカのマーケットを意識して大きく変化させた音作りで成功を収めた2作目『シャウト』。前作の、その音楽のみからも十分に感じ取れた “闇” とアングラな雰囲気は影を潜め、一気に爽やかな路線に転向してしまった。「ルール・ザ・ワールド」では反核について歌っていたり、その後のサードアルバムでは音楽的にも『シーズ・オブ・ラブ』(1989)で明らかにビートルズとオアシスの橋渡し的な王道ブリティッシュ・ロックへと変貌を遂げていき、すっかりニューウェーヴ色は無くなっていった。

アーティストとしては大人らしくなったな… とも思える変化なのだが、そんな大きなことよりも “悩める子供達” に寄り添いつつ背中を押してくれた『ザ・ハーティング』で見せた彼らの世界に何度も救われてしまう自分がいるのである。

ニューウェーヴの定義は人それぞれによる部分もある。だがこれだけは言っておきたい持論があって、1970年代後半にパンク勢が体現した “陰鬱さ” とか “社会への疑問や反発” などといった、そんなちょっと痛々しい “心の叫び” を、テクノロジーの発展とともにエレポップやサイケデリック等々… といった新時代の音楽で表現した80年代前後のバンドたち、それこそが本気のニューウェーヴなのだ。

つまるところ、ニューウェーヴとは音楽性というよりも “世界観” である。ティアーズ・フォー・フィアーズが『ザ・ハーティング』で見せた、暗くて美しい繊細な音楽は、それまでのポストパンクを80年代ポップス的アプローチで進化させた、ものすごく純粋で実直なニューウェーヴであった。

カタリベ: DJ Moe

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