オムロンとスクウェア・エニックス(以下、スクエニ)は、12月18日、「人のモチベーションを高めるAI」の共同研究について記者発表会を行った。両社は、オムロンのセンサー技術とスクエニのゲームAI技術を融合することで、人の感情の変化をとらえ、モチベーションを高めるために最適なフィードバックを行うAIアルゴリズムの開発を目指す。
左:株式会社スクウェア・エニックス テクノロジー推進部 リードAIリサーチャー 三宅陽一郎氏、右:オムロン株式会社 技術・知財本部 研究開発センター 無線・組込研究室 主査 八瀬哲志氏
オムロンが目指す、「人と機械の融和」
AI技術の進展などにより、昨今では機械にできることが急速に増えてきている。機械の役割には、人の作業の「代替」や、人と機械が作業を分担する「協働」などがある。しかし、オムロンが目指す人と機械の関係は、機械が人の能力や創造性を拡張する「人と機械の融和」である。
「人と機械の融和」を実現するために、オムロンが開発に注力してきたコア技術が、現場に設置したセンサーから必要なデータを取得し、そこに人の知見を加えて解釈し(+Think)、現場に適切なフィードバックを行う「センシング&コントロール+Think」である。
そして、「人と機械の融和」を世界に発信するためのモデルとして、同社が2013年に開発を始めたのが卓球ロボット「フォルフェウス」だ。「フォルフェウス」は、卓球がうまいだけではない。「センシング&コントロール+Think」を駆使し、プレイヤーに最適な指導を行う「一流のコーチ」としても進化をとげてきた。
最新の第5世代(2018年~)では、プレイヤーのレベルに合わせてラリーを行ったり、上級者とプレイヤーの動作差異を分析し、適切な打ち方を教えたりできる。また、「フォルフェウス」は、3Dカメラやセンサー、ロボットなど、すべて同社のFA(ファクトリー・オートメーション)製品を組み合わせていることも特徴だ。
「フォルフェウス」開発リーダーの八瀬哲志氏は、「機械と人の融和」において次にオムロンが目指すのは、「機械が人の成長を加速させ、潜在能力を引き出す未来。つまり、機械とのインタラクションによって、人がより速く、大きく成長できるような成長曲線を導くこと」だと述べた。
そして、そうした技術を開発するには、「機械自身の性能を向上させること」、「人の能力を向上させる知覚/身体拡張技術」、「人のモチベーションを引き出すインタラクション技術」の3つの要素が必要だという。そして、この3つのうち、オムロンがスクエニと共同研究を行うのが、「人のモチベーションを引き出すインタラクション技術」である。
八瀬氏は、「モチベーションを最大化するには、個人の能力とチャレンジ度合いが釣り合っている必要がある。個人の能力とチャレンジ度合いが最も高まっている状態を、ゾーンやフローとよぶ。この状態に近づけるために、機械が適切なインタラクションを行うような技術を開発することが、本共同研究のねらいだ」と述べた。
オムロンは、センサー技術によって人から感情に関わるデータを収集することができる。しかし、感情をどのように動かせばモチベーションが最大化されるのかはわからない。その知見を導くために、スクウェア・エニックスの「メタAI」と呼ばれる、デジタルゲームで使われるAI技術が必要なのだ。
人のモチベーションを高める、「メタAI」技術とは?
デジタルゲームに使われるAI技術には、その独自の歴史がある。1970年代に登場したデジタルゲームにAIの技術が導入されたのは、1995年頃だ。それ以降、それまで2次元の画面上の「あやつり人形」にすぎなかったキャラクターが、AIによって自律的に動くようになった。
キャラクターの自律的な動作に使われるAIは「自律型AI」(キャラクターAI)と呼ばれる。他には、地形を解析したり、目的地までの道筋を計算したりする「ナビゲーションAI」、プレイ中ではなくゲーム開発に用いるAIなどがある。
そうしたAI技術を結集した代表的なゲームが、2016年にスクウェア・エニックスから発売された『FINAL FANTASY XV(ファイナルファンタジー15)』である。『FINAL FANTASY XV』に登場するキャラクターたちには、「自律型AI」がうめこまれている。彼らは3次元のシミュレーション空間の中で、自ら人や物体を認識している(センサー機能がついている)。たとえば、ゲームの戦闘中にプレイヤーが動かす主人公がピンチに直面しているのを見て、助けに行くこともできる。
しかし、あくまでゲームであるため、キャラクターが勝手に動いては困る。彼らは「役者」として、プレイヤーが退屈しないようにふるまわないといけない。そこで、「映画監督」の役割として使われるAIの技術が、「メタAI」である。
「メタAI」は、プレイヤーのプレイデータをもとに、「感情マップ」を構築する。たとえば、プレイデータからは、プレイヤーが「勝てると思っているか」、「不安に思っているか」といった感情がわかる。それをもとに、プレイヤーが退屈しないような(モチベーションを維持できるような)状態に近づけるべく、キャラクターやゲーム世界を動かしていくのだ。
このメタAIの技術を、実世界に展開することが、今回の共同研究の試みとなる。ゲームAI開発の第一人者であるスクエニの三宅陽一郎氏は、今回の共同研究に意義について、「これまでゲーム業界は、デジタル空間だけでAIの技術を開発してきた。しかし、オムロンの技術を使って現実空間でデータをとることができれば、本来の人間の複雑な内面などにせまれる。現実世界という厳しい環境で、メタAIの技術を育むことができる」と述べた。
また、「最近は、デジタル世界と現実世界の境界があいまいになってきている。そんな中、デジタルゲームは画面の外に出て、スマートシティなどの現実世界をベースとした領域に展開しようとする流れがある」とも述べた。
この技術は、卓球ロボット「フォルフェウス第6世代」を通じて開発される。第5世代までの「フォルフェウス」は、人の動きをとらえるモーションセンサーや、ラケットに搭載したマーカーによって、「人の動き」はとらえていた。第6世代では、人の様々なバイタルデータを収集し、「感情」の変化をとらえる。
「フォルフェウス第6世代」に使われる技術の詳細は、来年の1月にラスベガスで開催される世界最大のテクノロジー見本市「CES2020」で発表される予定だ。
また、この技術は、オムロンが注力するFAやヘルスケアの分野にも展開していく予定だとした。たとえば、FAの分野では、工場の作業者の習熟度に合わせ、当人がモチベーションを維持しながら作業を習得できるようなしくみを目指す。
最後に、オムロンの八瀬氏は、「フォルフェウスのプロジェクトを通して、人と機械が融和する姿を世に示し、共感してもらうことで、仲間を集めていきたい」と述べた。