家具職人を物乞いに転落させた北朝鮮の福祉システム

今年7月、北朝鮮・平安南道(平安南道)の殷山(ウンサン)機械工場の大工作業班で働いていた40代の男性が、製材作業中に事故に巻き込まれ、右手を切断した。ところが、工場は補償金はおろか、治療費すら出そうとすらしない。

これは、米政府系のラジオ・フリー・アジアの情報筋が伝えた話だ。

事故から3ヶ月経って、工場はこの男性に「公傷不具者」(労災事故で障碍を負った人)判定書類を突きつけ、「洞事務所(末端の行政機関)から国家補助金を受け取れ」と言って、退職を迫った。昼は工場で、夜は自宅で家具を作って一家を養っていたが、月収が2500北朝鮮ウォン(約32円)に激減した。これではコメ1キロも買えない。

健常者でも生きていくのが精一杯の状況で、片手を失った彼は食糧すら得られず、家庭からも社会からも邪魔者扱いされ、今では駅前で他の障碍者と共に物乞いをしながら日々延命しているという。

金正日総書記は生前、福祉についてこう語っている。

「わが国は面倒を見る人のいない年寄り、不具者、子どもの生活を国が全的に責任を持ち、保証しています」

しかし、現実は全く異なる。事故や病気で障碍を負った人々が無償で医療サービスを受け、国の福祉で生きていけたのは1980年代までの話だ。その後に北朝鮮を襲った未曾有の大飢饉「苦難の行軍」で、福祉システムが半ば崩壊、障碍のため体の自由がきかない人でも自らの手で生きていくことを強いられる社会となってしまった。

社会的に地位が高いとされる軍人は、怪我をして障碍者となれば、栄誉軍人(傷痍軍人)という称号は得られるものの、まともな補償は受けられない。当局に強いられ栄誉軍人と結婚した女性たちは、生きていくために夫を捨てて家を出る。

平安北道の情報筋は、金正恩党委員長が平壌市中区域と大同江(テドンガン)区域に障碍者用の施設を建設させたが、国際社会の援助を受け取り、金正恩氏の「人民愛」を宣伝するための施設に過ぎず、海外で公演を行う施設の子どもたちは全員特権層の子どもたちだと伝えた。

「最近、平壌で行われた成人障碍者スポーツ大会で、射撃と卓球で優勝した障碍者がメダルを受け取る様子を撮った写真が、国営メディアで報じられたが、それを見た人々、特に障碍者は当局の嘘の宣伝に激怒している。多くの人々は義足や義手を買うカネがなく矯正器具を使えずにいるのに、何がスポーツだと反感をあらわにしている」(情報筋)

義足や義手などを制作していた咸興(ハムン)栄誉軍人矯正器具工場は、制作に必要な特殊金属、ビニール素材が国から供給されなくなり、稼働がほぼ停まった状態だ。材料を買えるほどの経済的に恵まれた障碍者からの注文制作を細々と行っているだけだという。

それでも、当局が障碍者の「抹殺」を考えていた当時と比べれば、現在の状況はそれでもマシと言えるかもしれない。


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