自衛隊の中東派遣、いま必要な状況か 有事で高い政治的コストも

イランのロウハニ大統領(左)と握手する安倍首相=2019年12月20日午後、首相官邸

 政府は12月27日、中東地域への海上自衛隊派遣を閣議決定した。その直前となる同20日、来日したイランのロウハニ大統領は、安倍晋三首相に対し自衛隊艦船の中東派遣に理解を示した。他方、わざわざ訪日し首脳会談を行ったのは、イランが敵視する米国主導の有志連合(海洋安全保障イニシアチブ)に日本が参加することなく、ペルシャ湾やホルムズ海峡に近づかないようくぎを刺しにきたと言うことであろう。もちろん、建前上は6月の安倍首相のイラン訪問への返礼であり、日イラン国交樹立90周年記念としての訪日である。

 ここでは、ペルシャ湾は多国籍の海軍を派遣するほど危険な状態なのか、日本のタンカーは自衛隊艦船で守らなければならないのか、また守ることが出来るのか、といった疑問を考える上でのヒントをいくつか論じてみよう。(北海道大学公共政策大学院教授=鈴木一人)

 ■ペルシャ湾は危険なのか

 2019年5月にサウジアラビアやノルウェー船籍のタンカーが襲撃され、また6月の安倍首相のイラン訪問中には日本の国華産業が運航するケミカルタンカーなどが攻撃を受けた。いずれも攻撃主体は明らかになっていない。同じ6月には米軍の無人偵察機がイランによって撃墜され、米国はイランに報復攻撃を試みたがトランプ大統領が攻撃10分前に中止を命じるといったこともあった。9月にはサウジの石油施設がドローンなどによって攻撃を受けるといった事件もあり、イランの関与が疑われている。

 このように今年に入ってペルシャ湾周辺で立て続けにさまざまな事件が起こり、この地域は極めて危険な状況であるとの印象が強い。しかし、ペルシャ湾やホルムズ海峡は一日何百隻もの船が行き交い、日本に原油や天然ガスを運ぶ船も一日数隻が航行している。これらの船は6月以降、武力攻撃を受けることなく航行できている。

 また、6月のトランプ大統領の攻撃中止命令によって地域における軍事的エスカレーションは停止した状態にある。米国の一国制裁によるイランへの「最大限の圧力」は続く一方で、イランは当面武力を用いて状況を打開する姿勢は見せていない。さらには、イランへの攻撃を積極的に主張していたボルトン氏は既に安全保障担当の大統領補佐官を辞任しており、イランを敵視するポンペオ国務長官などはイランへの圧力強化を訴えるものの、武力行使を推進しているわけではない。

 これらの状況を見ると、ペルシャ湾で「タンカー戦争(イラン・イラク戦争の時にイランが取った無差別のタンカー攻撃)」が今にも始まる、という状況にはない。ゆえに日本の船主協会も自衛隊派遣を強く求めてはいない。

2019年6月、ホルムズ海峡付近で攻撃を受けて火災を起こし、オマーン湾で煙を上げるタンカー(AP=共同)

 ■自衛隊を派遣することで日本の船は守れるのか

 仮に「タンカー戦争」が起こった場合、自衛隊艦船は日本のタンカーを守れるのだろうか。それをシミュレートするのに格好の事例が、19年7月に起きたイランの革命防衛隊による英タンカー拿捕事件である。

 この事件は、その2週間前にイラン産原油を積んだイランの大型タンカーが英領ジブラルタル沖で拿捕されたことへの報復とみられている。英タンカー拿捕では、英海軍が革命防衛隊の艦船と交信し、拿捕を止めようとしたが、イラン側は制止を振り切って強行した。結果的に英海軍はイランに対して武力を行使せず、タンカーは2カ月間イラン領海内に拿捕されたままとなった。

 ここから言えることは、イランは目的のためには武力による報復の可能性があったとしてもタンカーを攻撃する意思があり、それを制止するためには革命防衛隊と戦火を交える覚悟が必要だということである。もちろん自衛隊にはその能力はあり、「海上警備行動」に切り替えて、革命防衛隊と交戦することもあり得る。しかし、その政治的なコストは極めて高い。また海上警備行動に切り替えても革命防衛隊への攻撃命令が出される可能性は低いだろう。

 ■自衛隊派遣による抑止効果は限定的

閣議に臨む安倍首相ら=2019年12月27日午前、首相官邸

 中東地域に自衛隊艦船を派遣するのはひとえに米国からの要請があるからだが、イランへの配慮から有志連合には参加せず、任務も「調査・研究」に限定するとの閣議決定がなされた。既に述べたように、ペルシャ湾情勢から見てもその必要性が十分高いとは言えず、イランが本気でタンカーに対して攻撃を仕掛けた場合、それを抑止することは難しい。

 また、自衛隊が派遣される海域はホルムズ海峡やイランから離れた場所であり、何らかの事件が起きた場合に即応できるとも限らない。つまり、自衛隊派遣の必然性も低く、派遣による抑止効果も限定的であり、あくまでも米国とイランに配慮した派遣と言わざるを得ない。

 さらに言えばロウハニ大統領がわざわざくぎを刺しに来るほど、イランは有志連合の存在に神経質になっている。イランとの友好関係が日本にとっての外交上の資産と考えれば、それを傷つけることはマイナスとなるだろう。イランも自衛隊派遣には理解を示しているだけに、ここは「調査・研究」の範囲にとどまり、イランを刺激しないことが最善の策と言えるだろう。

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