伝説のゲイナイト「ラジオシティ」が一夜限りの大復活!ディスコ時代の華やかな思い出と青春が蘇る!

90年代に大人の社交場として一世を風靡した伝説のゲイナイト「ラジオシティ」。多くの若者がゲイナイトの楽しさを知った場となり、青春を謳歌したと言っても過言ではない。
今回、そんなラジオシティが一夜限りの復活を遂げるということで、よく遊びに行っていた筆者(M・Kさん)がその当時を振り替えりながらラジオシティの魅力をご紹介。

当時ヤングゲイだった方たちはあの頃のキラキラ輝いていた青春を思い出しながら、ぜひ読んでみてほしい。そしてイマドキゲイは、「え?いつの時代!ありえな~いという気持ち全開OK」で、90年代のゲイライフの楽しみ方や流行を知ってみて♫♫♫

__ラジオシティ日比谷って知ってる?
オシャレでクールでトレンディでナウなディスコのことです。__

ラジオシティ日比谷(現・クラブダイアナ)とは、入場制限が厳しく22歳以上しか入れなかった大人気ディスコのこと。そこで、四半世紀前の93年~97年まで毎月第一日曜日の18時~24時にゲイナイトを開催していたんです。
ちょうどディスコからクラブに移行しつつある時期で、ゴーゴーボーイやドラァグクイーンという言葉がゲイの中でも浸透していなかった頃。アゲアゲの音楽と出会いを求めて、毎月500人~1000人が集まる大人気イベントでした。
そのラジオシティ日比谷(現・クラブダイアナ)の建物が年内に解体されるということで、ゲイナイトが一夜限りの大復活をしちゃうんです!

時は90年代初頭。
皆さんが生まれる前、もしくは毛が生える前の青っぱなを垂らしていた時代のお話。

ラジオシティでゲイナイトが開催されていた93年~97年は、ナチュラルメイクという名の手抜きメイクが世を支配し、焼き海苔を張り付けたような太眉女子が真っ赤な口紅と肩パッド入りのジャケットとワンレンボディコンで夜の街を闊歩していたものの、突如として現れた安室奈美恵が細眉ブームを巻き起こして太眉女子を葬った激動の時期でもありました。

当時流行の男子の髪形といえばシルエットが亀頭のようなボリュームのあるツーブロックが大人気で、坊主頭は小学生か野球部上がりの田舎っぺ扱い。キャップはつばを後ろ向きにかぶり、サイズ調整の穴から前髪を垂らすのがナウでヤング。今でいうガチムチ系兄貴は数字が入ったラガーシャツの上から袖のないダウンを羽織り、下半身はハーフサイズのカーゴパンツが鉄板でした(この頃からゲイファッションのコピー人間が大量発生)。

モテ筋は細身の水泳体型で身体を鍛えるという概念がなかったため、ジムに通うマッチョはアニメオタク並みに迫害され、一般ゲイの中で腹筋が割れている人は皆無。現在「キショガリ」と呼ばれる細い体形の男子が「ジャニ系」として崇拝され、今とはほぼ真逆の価値観だったのです。

当時はSNSもスマホもなく、ゲイの出会いといえばゲイバーやディスコ(クラブ)が大きな役割を担っておりました。どのゲイバーにもお客を撮影したポラロイドのアルバムがあり、気に入った人にメッセージを渡してもらえるという出会いのカタログのような役割を果たしていたんです。個人情報なんて概念がなかった平和な時代でした。

当然、ディスコやクラブは出会いの場としての役割も担っていて、入場時に番号入りの名札が渡され、タチ/ウケ/リバを表すカラーブレスレットを腕につけ、好みの相手の番号を投票。マッチングすると画面で発表されお互いの連絡先を貰えるという「踊れる合コン」という感じでした。

__ワタクシの体験談をご紹介!
みなさん、当時ラジオシティに通っていた私の青春と思い出を聞いてください。__

当時、ラジオシティのゲイナイトにはドレスコードというものがありました。
毎回異なるドレスコードなのですが、ドレスコードがチェックなら全身チェック柄で固め、赤なら頭のてっぺんからつま先まで全部赤で揃えて、まるで巣鴨の観光大使さながらの姿で颯爽と入場したものです。ところがほかのお客さんはチェック柄のシャツを腰に巻いたり、赤いバンダナをデニムからチラ見せ程度。
当然、ドレスコードを守っている自分のほうが正しかった気がするのですが、何事もやりすぎは厳禁。周りの目は冷たく、「見てはいけないもの」扱いをされておりました。

仕方がないので、隅のほうにある立食(ディスコ時代は軽食があったのです)のちょっと干からびたサンドイッチをほおばりながらフロアを眺めていい男チェック。あの頃は近視も老眼もなかったので遠くのイケメンもよく見えていたんです。

1000人ほどの入場者で会場内が熱気に包まれ、アゲアゲの音楽で盛り上がってくるとエジプトのファラオみたいなオリエンタルな彫像の目からフロアに向かって放たれるビーム。今よ!とばかりにフロアの隅っこで光る指輪とカチューシャをスイッチオンしてピカピカ輝いてみるものの、誰もそんなことしていなくてなんだか一人ぼっちのクリスマス状態。

最高潮になるとフロアの四隅がせせり上がってお立ち台になり、そこで誇らしげに踊るハーネス姿のセクシーなマッチョたち。お立ち台は誰でも登れたので、自分も頑張ってよじ登ってみたのですが、顔面偏差値が平均よりやや高めの若い男の子集団に見事に突き落とされる。あいつら、単品だと大したことないから集団で来てんのよ!ぺっぺ!

当時はゴーゴーボーイやドラァグクイーンよりもDJが花形で、盛り上がり最高潮になるとお約束の曲が流れ、フロア全体が同じ振り付けで踊りだすわけです。
みんなと同じフリで踊れなければ田舎者だと思われそうで、見よう見まねで「フ~!フォ~!」と奇声を上げながら必死に手を振るんだけど、自分も含めて微妙に0.5秒ほどタイミングがズレてる人がいて、よく見たらその人も全身真っ赤。

「ちょ、待って、あんたとは仲間じゃないから!」という意思を込めて一瞬睨んだ後にお互いに目を剃らす底辺のマウンティングを繰り広げたりしておりました。でも本当はあなたの痛み、分かっていた気がする!

そして終盤に画面に発表されるマッチングを眺め「もしかしたら」という淡い思いで自分の番号をチェックし、「ああ、今回も自分の番号を書いてくれた人はいなかった」と、寂しくも清々しい気持ちで電車に乗ると、向かいの席にさっきの真っ赤な人がいて、無言のまま「お疲れ!」とテレパシーを送りあうのでした。

今、あの真っ赤な人に会ったら一生の友達になれる気がします。
(東京都/M・K/48歳)

__現在とは違う魅力たっぷりの90年代ゲイナイト!
最後の同窓会へGO!GO!GO!__

ここまで説明しても、やっぱりイマドキゲイにとってはピンとこないゲイディスコ時代だけど、日本のゲイコミュニティがものすごくはじけていて、今よりもパワフルだったことは確かで、今のアラフィフの青春時代の再現は必見の価値あり。

踊るおじさんゲイを見るもよし、純粋にゲイナイトとして楽しむもよし、歴史の重みを肌で感じるもよし、いろんな意味で体験すべきゲイナイトなのです。
そして、当時を懐かしむ人たちは、ぜひこの同窓会とも言えるラジオシティ、俺たちの青春の場所の卒業式を盛大に盛り上げに行ってほしいです。

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__さよなら RADIO CITY!俺達の青春ゲイナイト\!\!
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日時/2019年12月1日(日)19:00~23:30

会場/CLUB DIANA(元 RADIO CITY日比谷店)

住所/東京都千代田区有楽町1-5-2 東宝ツインタワーB2・B3F

主催/株式会社 カペラシスティーナ
プロデュース/吉田利信、小原たかき、小張正暁
Twitter@Shangri_La_agH
記事作成/みさおはるき Twitter@harukisskiss

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