9割の企業が失敗「働き方改革」の実態 上層部の勘違い、行動を改善する人が4・5倍になった実験

写真はイメージです。

 「働き方改革」が叫ばれて久しい。世間では「週休3日」「全員が17時台に退社」など、華々しい成功例が取りざたされるが、88%の企業は、働き方改革に成功していないという。米マイクロソフト業務執行役員を経て、現在は働き方改革を支援する会社代表を務める越川慎司さんは、2017年1月から19年4月にかけて東証1部上場企業を含めた、製造、流通、金融、自動車など19業種の528社の実態を調査。『仕事の「ムダ」が必ずなくなる 超・時短術』(日経BP)にまとめ、働き方改革の目的を勘違いしている企業に警鐘を鳴らす。

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■ 問い合わせ殺到するAI、こぞって導入する企業の勘違い

 AI(人工知能)は様々なシーンで使われることが多くなり、スマートスピーカーや自動運転、深層学習などの言葉がメディアを賑わせています。働く個人にとって、最も影響があるのはRPA(ロボティクス・プロセス・オートメーション)というツールです。間接業務を自動化する広義のAIの一つと捉えられ、提供側へ問い合わせが殺到しているそうです。

 例えば、インターネットで必要な情報を収集・統合してシステムへ入力する作業や、財務レポートの作成など標準化された業務プロセスを自動的に行うこと、さらには過去のやり取りを学習して、顧客からの問い合わせなどに対応することもできます。

 しかし、AIは神様でもマジックでもなく、RPAも多くの企業で成果が出ていません。

 うまくいかない理由の1つは、他の人に引き継ぐことができない仕事はAIにも引き継ぐことはできないからです。「Aさんがいないと仕事が回らない」「Aさんの勘に頼って仕事を回している」などのケースです。

 

■   はき違えた「目的」

 そもそも、特定の個人に依存して仕事が回っているのは危険です。業務を標準化して他の人と仕事が共有し、その人が休めるようにするなど、AIの導入以前にすべきことがあります。

 528社の業務変革を支援してきましたが、最も効果があったのは「やめる業務を決めること」です。アジェンダがない定例会議、派手で凝った社内資料や「メールを見ていますか」というメールを送ること…。当たり前を疑って、勇気をもって不要な業務をやめていかないと、いくら時間があっても足りません。

 失敗している企業は、AIを導入することが目的になっています。あくまでITツールは手段です。「会社が儲かること」と「社員が幸せであること」を両立させることが目的です。

 

■AIを人手の代替にするはずが、人が増える

 AIを入れることが目的になると、導入部門や導入業務の数と時期を決め、その達成に奔走していまいます。導入にあたっては担当者を増やし、人手不足解消の為にやっていたのに人員が増えた、と迷走する企業も多くあります。

 AIを導入するのであれば、浸透・定着を目指して現場の社員たちが使いこなすことを目指してください。情報システム部門だけが旗振りするのではなく、各部門の有志をプロジェクトメンバーとして集め、各現場で浸透する策を出し合い実行していくことが成功へと導きます。ITが働き方を変えるのではありません。働き方を変える時に、ITが役立つのです。

政府は2016年9月「働き方改革実現推進室」を設置した。

■一斉に消えたオフィスの光、社員たちがこっそり向かう先

 上から言われた事をだけひたすら行う「働きアリ」のような働き方が、会社にとっても個人にとっても望ましいものではなくなりました。来るべき変化を見越して、社員が自発的に動き、新たな儲け方を見つけて必要なスキルを身に付けていく必要があります。

 しかし「残業するな。でも、業績は落とすな」という上からの指示(トップダウン)のみが行われている企業が大半です。これでは「働かせ方改革」です。その典型的な例が、オフィスの一斉消灯です。

 言われたことをやるスタイルに慣れている社員が多ければ、電気が消えれば素直に家に帰ります。しかし、徐々に仕事が回らなくなります。仕事の仕方を変えずに帰る時間だけ早くしても、うまくいくはずがありません。業績も徐々に落ちてきます。仕事が回らなくなると上司に怒られますので、消灯後にこっそりパソコンと書類を持ち出して近くのカフェで仕事をします。実際、オフィス街のカフェは19時以降に大混雑しています。狭いスペースで書類とパソコンを広げて効率が悪そうな人も見かけます。これは完全に失敗のパターンです。

 

■勤務時間の40%超が社内会議?

 このような失敗ケースに陥るのは「どうやって残業を減らせるか」を考えてしまうHow(どうやって)企業です。一方、うまくいっている企業はWhy(なぜ)企業です。「残業が発生するのはなぜか」という問題の発生原因を考えてから対処します。

 大手製造業のクライアントA社は、なぜ長時間労働になるかを調べたところ勤務時間の43%が社内会議に奪われていることが分かりました。さらに調査を進めると、その社内会議の4割でアジェンダ(議題や目的)が決まっていないまま開催されていたのです。

 そこで、開催24時間前にアジェンダが参加者に共有されていない会議は禁止にしました。当初は反発者もいましたが、1カ月実施したところ会議時間が18%減り、結果的にオフィスの消灯をしなくても早く帰れるようになりました。How(解決策)を講じる前にWhy(発生原因)を追究してください。なぜ改革をやるかを「腹落ち」していないと、9カ月で人は行動を元に戻します。残業抑制を含む働き方改革はこのWhyを考えることが重要なのです。

 

■失敗の3大理由、つい探してしまう魔法

 約7割の企業が何かしらの働き方改革に取り組んでいると言われていますが「成功している」と弊社のヒアリングに答えた企業は、528社中わずか12%しかありませんでした。88%もの企業が、取り組んではいるものの成功していないのです。理由は3つあります。

 

(1)目的と手段を履き違えること

 冒頭のAI導入でも説明しましたが、いくら素晴らしい手段を持っていても、正しい目的が設定されていないとうまくいきません。働き方を変えるというのは、目的ではなく手段です。にも関わらず、働き方改革をすることが目的である企業が大半です。最新のAIを導入して人事制度を変えたものの、社員の利用率は10%未満というのが典型例です。

 働き方改革を通じて目指すべきは、会社が儲かることと社員が幸せになることを両立させることです。その実現に向けて問題を抽出し、その発生原因を突き止めてから解決策を講じていく必要があるのです。

 

(2)定まらぬ成功の定義

 驚くべきことに、働き方改革を始めて2年以上の企業のうち、3分の1が成功の定義を決めずにスタートをしていました。会社が儲かる事、そして働くことに関して幸せを感じる「働きがい」を社員が持つことを山頂として、経営陣と現場が一緒に山を登るのが働き方改革です。

 成功の定義をできる限り定量化(数値化)して、その達成度の進捗を見える形にすれば、経営陣と現場社員は「腹落ち感」を持ち改善活動を継続します。

 

(3)魔法を探してしまう

 冒頭のAIもそうですが、状況を一気に好転させるツールや制度を探してしまう企業が多いです。しかし、そのような魔法や神様は存在しません。それらを探している時間こそ無駄です。

 目指すべき未来像に向けて、現在の課題を明確にします。そして、その課題の発生原因を見つけ、解決する策を地道に講じていきます。経営陣と現場で定期的に振り返り、さらに行動を改善していくのです。

 

■生き残りへの道

 「メールアドレスを持たずに仕事ができますか?」20年前に通信会社に勤務していた頃、顧客にメールアドレスを持って名刺に記載するように提案していました。しかし、多くの企業から「FAXがあるから要らないよ」と断られました。その前にFAX機を販売していた頃には「電話があるから要らないよ」と言われました。すぐに必要性を感じないと、人はなかなか意識を変えられないようです。

 企業や個人を取り巻く環境の変化が激しい中で、何もしないでじっとしていることはリスクになります。外部の変化を感じ取り、それに対応して行動することが生き残る道です。

 しかし、目の前にリスクが迫らないと意識は変わらないでしょう。今日、働き方を変えなくても死なないからです。経営者がいくら社員に「意識を変えないと生き残れない」と叫んでも、社員の意識が変わるのを待っていたら、5年も10年もかかります。

 

■7割の人が「意外とよかった」と答えた実験

 お勧めするのは、小さな行動実験です。経営陣や人事部が「これやりなさい!」と行動を強制するのではなく、各部門で変化に対応するための改善活動を決めさせ、それを1週間実験的に実施してみるのです。提案資料の改善でも良いですし、会議のための会議をやめるのでも良いです。1週間だけの行動実験ですから、精神的なハードルが下がります。各部門で決めた行動をするので「自分ごと化」して取り組みます。

 実際に行動した人の約7割が「意外と良かった」と答えました。これこそ、意識が変わった瞬間です。意識が変わった社員は、改善行動を継続していきます。この行動実験の広がりが会社の新しい文化を作っていきます。28社で調査したところ、行動実験をしている企業の社員は、そうでない企業の社員よりも、自発的に改善行動する比率が4・5倍であることが分かりました。

 成功の定義を決めて経営陣からのトップダウンと、現場からの自発的なボトムアップを組み合わせることが必要です。小さな行動実験を継続することにより進捗を確認し合い、腹落ち感を持ちながら変化への対応力を身に付けましょう。それにより、会社と働く個人が未来の選択肢を得ることができるのです。(クロスリバー社長=越川慎司)

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