2019年10月中旬、神戸地裁の小法廷である判決が言い渡された。「あなたに社会内更生の最後の機会を設けます」。裁判官が懲役1年、保護観察付きの執行猶予4年(求刑は懲役2年)の判決を言い渡すと、30代の女性被告は「ありがとうございます」と涙で声を震わせた。(共同通信=真下周、市川亨)
▽カギ握った「更生支援計画」
女性は本の万引を繰り返し、19年夏に窃盗容疑で逮捕された。執行猶予期間中の再犯で、確実に実刑と思われたが、再びの執行猶予。傍聴席で見守った社会福祉士原田和明さん(57)=兵庫県西宮市=も驚きを隠せなかった。
女性は幼い4人の子を抱え、家計の苦しさや育児ストレスからうつ病と、盗みをやめられない精神疾患「窃盗症」に。起訴され保釈後、同県社会福祉士会を通じて原田さんに支援を依頼した。
夫と子どもらと6人暮らしの女性。精神科医との定期的な診察・面談に加え、原田さんが窃盗症の当事者自助グループを案内したことで、週に1回のグループの会合に参加するようになった。
19年9月の被告人質問では「自分と同じ気持ちの人たちの話を聞き、(心が)すごく楽になった」と打ち明けた。アルバイトも始め、経済的にも精神的にも少しゆとりが出てきたと実感している。
原田さんは女性に必要な福祉サービスなどをまとめた「更生支援計画」を裁判所に提出。証言にも立ち、「実刑になれば子どもは施設行きで家庭は壊れる。今の生活を続けることで再犯の可能性はなくなる」と訴えた。
異例の判決に女性の弁護人は「専門家の支援が見込まれ、更生に向け歩み始めている事情が認められた」と評価した。実刑判決で収監された場合の対応に備え、裁判所に来ていた保健師や児童相談所の職員もほっと胸をなで下ろしていた。
だが検察官は「昨今、常習的に同種の犯罪を繰り返すのを依存症と捉えて治療する流れがあるが、治療と刑罰は目的が別だ」との立場を取り、控訴した。
▽善意頼みの「入口支援」
罪を犯した高齢者や障害者を、逮捕や起訴の段階で支援する活動は「入口支援」と呼ばれる。03年に弁護士や研究者と協力し、手探りで始めた原田さんはその先駆者だ。これまで裁判で提出した更生支援計画や意見書は約100件。判決に執行猶予が付いたり、量刑が大きく下がったりした経験は少なくない。
司法と福祉の橋渡しをする機関としては、都道府県の「地域生活定着支援センター」があるが、刑務所を出所した人への「出口支援」がメインの活動で、入口支援はまだ手薄なのが実情だ。
それを埋め合わせる形で、弁護士と社会福祉士らが連携した入口支援の取り組みは各地に広がるが、福祉職への公的な報酬はほぼゼロ。今回、原田さんが受け取った手当も弁護士会からの1万5千円だけで、活動はボランティアに近い。一部の福祉職の「熱意」に頼っている状況だ。
東京でも弁護士や福祉職らが一般社団法人「東京エリア・トラブルシューター・ネットワーク」をつくり、入口支援に取り組む。だが安定的な財源は確保できていない。弁護士会から出る1件当たり最大5万円の報酬と、民間の資金が頼りだ。同法人代表理事の中田雅久弁護士は「入口支援の報酬だけでは、とても業としてはやっていけない。皆、本業の合間にやる形にならざるを得ないので、扱える件数には限界がある」と漏らす。
「入口支援は容疑者や被告の権利擁護のために重要。金銭面での公的な裏付けが必要だ。国選弁護人のように、支援が必要な人に社会福祉士を付ける制度があってもいい」と話す原田さん。
入口支援のすそ野を広げようと、原田さんや中田さんは19年11月に他の社会福祉や弁護士、臨床心理士らと一緒に「司法ソーシャルワーク研究所」(元家裁調査官の藤原正範氏が代表理事)を設立。容疑者や被告の特性、生い立ち、生活環境などを適切に弁護人に情報提供し、福祉的支援につなげることを主な活動に掲げている。(続く)
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