「前に出ろ」「足を使え」という指導の正体は? 巨人藤村コーチが抱いた疑問

巨人のコーチとなって若手を育成する藤村大介3軍コーチ【写真:荒川祐史】

プロになってから幅が広がった内野手守備の技術「下がって捕球をしたら…」

 巨人の藤村大介3軍コーチは指導者1年目を「学びの多かった1年」と振り返った。前回に続くインタビュー後編では、少年野球から大人のコーチまでよく口にする「前に出ろ」「足を使え」という指導。野球経験者ならば、守備の技術指導で聞いたことがあるだろう。その言葉はプレーヤーにきちんと届いているのだろうか。指導者にも届けたいプロの思考があった。

 これまでの自分の経験を伝えながら、藤村コーチは新しいものも積極的に取り入れている。選手のためになると思えば、ネットショップで練習機器を購入したり、動画やインターネットからも根拠があれば、取り入れる。一方で根拠のない、古い慣習にはとらわれない。昔からある指導の中で疑問を持ったひとつが内野守備で「前に出ろ」という考え方だった。

「そう言うと、子供だったら全部の打球に対して、前に出てしまいます。僕も言われ続けてきました。僕自身が学ばなかったということもよくないですが、言われたことをそのままやっていたら、守備はうまくならないです」

 藤村コーチが例に挙げたのは“前に出ろ”の他に“足を使え”という指導だ。前に出ていけばエラーしてもOKなのか。選手はその使い方を教えてほしいと思っているのではないか……。指導者になって、これまで自分が教わってきたことに疑問を持ち、今の選手にはかみ砕いて教えている。それはプロであっても、少年野球でも同じ考え方かもしれない。

「僕は少年野球(の内野守備の場合)では、一塁に間に合い、アウトにできればいいと思っています。前に出て、エラーしてもエラーはエラー。前に出なくても、一塁にアウトにできるなら、その場でいて、取ってもいい。間に合わないから前に出て、いちかばちかで出て、エラーをするのは、仕方がないとは思います。『下がってもいいよ』というのも場合によってはOKだとは思っています」

 どんな打球でも全部、前に出るのは適切な指導として当てはまるのだろうか。藤村コーチはプロになった当初は前に出るか、その場で待って捕球するか、二つの選択肢しかなかったという。しかし、7~8年目くらいに、下がって捕球することを学んでから、新しい感覚が生まれた。

「自分の空間を使える幅がとても広がったんです。下がっても捕球しても、アウトはアウトだって。気づいたのが僕は遅かったですね。自分が学ばなかったということを前提にある中で、下がってもいいよと言われたことがなかったんですが、井端弘和さん(元中日、巨人コーチ)に『前に出るな』と言われたんです」

 練習方法のひとつとして、ボールが来ても横にしか動いてはいけないという指導をされたことがあり、実際にシートノックや実戦形式で試した。二塁の守備で、一塁に間に合う感覚を掴んだ。遊撃の練習でも下がって捕球してみた。ハーフバウンドが落ちきるところに合わせたら、取りやすく感じた。一塁に投げても十分に間に合うスピードだった。“下がる”というのが、選択肢として増えた。

前に出ろ、という指導が自分自身の成長の邪魔をした

「僕は“前に出ろ、前に出ろ”という教えが(自分自身の成長の)邪魔をしたんじゃないかなと感じています。迷って前に出て、エラーして、次から守備位置を下げたら、チームにだって迷惑がかかる。迷っても、後ろに下がってアウトにできるならば、OKなんじゃないかと思うんです。ただ『前に出ろ』も指導法のひとつなので、否定はしません。根拠があるケースもあるでしょうから。ただ(根拠なく)そういう指導は僕はしません」

「足を使え」というのも、人それぞれの使い方がある。「足を使うってどういうことですか?」と聞かれて、答えられるようにしたいと、藤村コーチは自分の考え方は持っている。それは自分が現役時代に何をどう使ったらいいかわからなかったことや、聞けなかったからおもむろに前に出続ける自分がいたからだ。

「(内野手が捕球するときに)ボール(の方)に入っていくのか、待つのか、下がるのか……どれも足の使い方なんです。ボールが来るときに、バウンドと捕球体勢を合わせるのに(片足)ケンケンをしたり、ステップをしたりするのも足の使い方。そういったことももっと早く知りたかったなと今は思います」

 指導者になってみて、新たな発見や自身の反省も生かしながら学んでいる。自分が学ぶことをやめてしまったら、指導者をやめなくてはいけないというポリシーも持っている。だから空いている時間さえあれば、本に目を通すし、選手にためになる情報を探している。

「以前はなかなか、頭に入ってこなくて。活字が苦手で避けてきていました。ですけど、それって、自分がやりたくないからかなと思うようになりました。僕の教えたことが選手一人の人生がかかっている――その責任を感じながら、本を読んでいたら、頭に入ってくるようになりました」

 本のジャンルは、名監督の思考から、技術指導など、幅広い。頭や感覚でわかっていながらも、なかなか文字で説明することが難しい発想が、本で書かれていることもある。そういう時に自分の引き出しが増える感覚もなる。

「自分がそれまで知らなくても、教え方やアプローチ方法がたくさんあった方が、自分の武器にもなります。選手も助かるのではないかと思います」

 今年の指導の中で、取り入れたことはいくつもある。そのうちのひとつに内野手のバックトスの練習だった。高卒の育成1年目、将来性の高いと言われる黒田響生内野手の練習メニューに組み込んだ。MLBの選手では主流のプレーだが、日本ではそうではない。何もメジャーのマネをさせようとしているのではなく、若い頃から感覚をつかんでもらいたかったからだ。

「MLBの選手は子供の頃から、そういうプレーやっていたから、自然とできる。日本は基本に忠実。練習ではやってきていないので自然にはできません。実際に僕は試合でやってやりやすかった。たくさんやらせてみて、何か気づきを得てほしかったんです。あくまで基本練習。でも『試合ではやるなよ』と伝え、練習させています。今は体の使い方を覚えさせるという狙いです」

 いざという時にできるようにこの18歳、19歳という時期から高いレベルで戦える準備をしておいてほしいという願いが込められていた。巨人にも成長著しい若手は育っている。藤村コーチも18歳で巨人に入り、同じように期待された。応えられなかった部分もあった。成功も後悔も、指導者になった今、すべて自分の糧として、若い力を引き出していく。(楢崎豊 / Yutaka Narasaki)

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