ユニゾ買収合戦、“奥の手”EBOでも簡単に決着しそうにない理由

ユニゾホールディングス(HD)という、一般にはあまり知られていない上場会社が、何社もの熱烈な買収希望者が同時に現れる“超モテ期”に突入しています。

買収合戦が始まる前の同社の株価は2,000円を割り込む水準でしたが、買収企業候補が現れるたびに上昇し、現在は5,000円超に到達。事態が混沌とする中、ついに買収側としてユニゾの従業員が名乗りを上げました。いわゆるEBO(従業員による買収)です。

もし実現すると、日本の上場企業としてはEBOの初事例となります。ドラマや小説でないとなかなかお目にかかれない、この買収手法。はたして、これで一件落着となるのでしょうか。


なぜ事態がこじれたのか

ユニゾHDの本業はオフィスビル賃貸業で、ビジネスホテルも数棟持っていて自社運営しています。年商は560億円、営業利益は176億円。売上高の7割強、営業利益の9割以上を不動産賃貸業が稼ぎ出しています。

その会社がなぜそんなにモテるのか。実はこの会社、所有不動産に莫大な含み益があるのです。その額およそ1,360億円。帳簿上の純資産額1,131億円の1.2倍の金額です。

1株当たりの純資産は、帳簿上は約3,300円ですが、含み益を加味すると7,200円前後。ところが、株価はその含み益をまったく反映しておらず、プロポーズ合戦が始まる以前は2,000円を割っていたのです。

こんな会社を放っておく手はありません。1社が買収に名乗りを上げた途端、次々と買収希望者が現れました。ところが、ユニゾの経営陣はどの買収希望者のことも気に入りませんでした。会社側の発表によれば、買収後の従業員の処遇で折り合いがつかないのだそうです。

会社側との交渉を試みた買収希望者は16もあったそうです。実際にTOB(株式公開買付)という具体的なアクションを起こしたのは、最初に名乗りを上げた旅行大手のエイチ・アイ・エスと、米国系のフォートレスというファンドだけでした。そこへ12月22日、従業員有志が名乗りを上げ、事態はますます混沌としてきたのです。

そもそもTOBとはどんな仕組み?

本題に入る前に、TOBの仕組みの説明をしておきたいと思います。TOBとは、株式公開買付のこと。「私はこの値段で何株買いたいです」と公に宣言し、一定期間応募を募って買うことを言います。

買った結果、1人の株主が議決権の3分の1以上を保有することになる場合は、TOBを使って買わなければなりません。一部の株主だけにではなく、すべての株主に「売るチャンス」を公平に与えるためです。

たとえば、保有する株を売って引退したいという創業オーナーから、議決権の4割に相当する株を買おうとしたら、この創業オーナーだけから買うことはできません。他の株主にも同じチャンスを与えたけれど、誰も応募してこなかった時に初めて、創業オーナーだけから買うことが許されます。

買いたい側が「買いたい」と思う株数は、目的によっていろいろ。連結子会社にできれば良いのであれば、買い付ける上限を51%にし、それ以上の応募があったら応募者の保有株数に応じて比例案分して51%だけ買います。

3分の2以上買いたいという場合もあります。議決権の3分の2以上を握れば、株主総会で拒否権を発動できる株主がいなくなり、3分の2以上の賛成、つまり特別決議を必要とするハードルの高い議案でも単独で通せるようになります。つまり、100%買わなくても、何でも思いのままになるわけです。

完全子会社化したいケースとは?

完全子会社化したい、つまり他の株主が1人もいない状態にしたい場合は、買い付けに上限を設けず、全株を買いに行きます。全株買われてしまうと、流動性に関する上場基準に抵触しますから、当然上場廃止が前提です。

3分の2でも思いのままになるのに、それでも100%支配したくなる理由はいくつかあります。たとえば、儲かっている会社を買う場合は、他の株主(少数株主)がいると、そこにも配当などの形で分け前が行きますから、分け前を独り占めしたい場合などは完全支配を狙います。

また、自分にとっては利益でも少数株主にとっては不利益になることを買収先の会社にやらせたい場合は、少数株主との間で利益相反が起こるので、そうならないように少数株主を追い出しておきたいというインセンティブが働きます。

TOBの結果、9割以上の買い付けに成功すれば、「売りなさい」という内容証明郵便を、売却に抵抗している少数株主に一方的に送りつけるだけで、残りの株をいとも簡単に買い上げることができます。

9割に届かない場合でも、3分の2以上を握れていれば、臨時株主総会で「抵抗している株主から強制的に買い上げる議案」を通せます。臨時総会というひと手間がかかる点が「9割以上を確保できた場合」と「3分の2はとれたけど9割には届かなかった場合」の違いです。

売りたくない株主からも強制的に株を買い上げてしまうこの制度のことを、専門用語で「スクイーズアウト」と言います。抵抗する株主を絞り出すように追い出し切る、という意味です。

「高い資産価値と低い経営能力」が買収者の狙い目

この制度は、2005年の会社法誕生と同時に合法化されました。それ以前は株主の意志に反して保有株が奪い取られることは合法化されていなかったのですが、上場会社を売買するのに不便なので、経済界にとって合法化はいわば悲願だったのです。

同様の制度は世界各国にありますが、欧米では追い出される株主への保護制度が充実している一方、日本は保護制度が有名無実化しているので、やりたい放題です。

この制度をマンションに置き換えてみましょう。分譲マンションを買って5年。快適に暮らしているところへ、突然、見知らぬ人がやって来て、次のように言われたら、普通は怒るでしょう。

「あなたの部屋を今すぐ私に、私の言った通りの値段で売って、出て行きなさい。全戸数の3分の2を自分が買ったので、残りの3分の1は私の思うままにできることになりました。法的にあなたに抵抗の余地はありません。出て行ってもらう時期、売値についても、こちらの言い値の通りにしてもらいます。相談には一切乗りません」

買い上げようとしているのは、あなたが住んでいる部屋だけではなく、他の部屋も含めて全戸です。理由は、大規模修繕をかけてもう一度分譲、もしくは一棟売りするため。再分譲や一棟売りで儲かるのは、その「売れ」と言ってきた見知らぬ誰かだけです。

マンションなら、もちろん抵抗もできます。マンションは私有財産なのですから、売値や売る時期はもちろん、売る・売らないも所有者の意思次第です。しかし、証券市場ではこんなことが合法的にまかり通っています。

経営者の能力が低く、資産価値に比べて収益力が低い会社は株価が低水準なので、買収者は市場価格に3~4割のプレミアムを乗せた金額でTOBをかけても、資産価値に比べたら十分安い価格で買収できます。

少数株主に不利な日本のTOB事情

TOBの手法の1つとして、MBO(経営陣による買収)というものがあります。マネジメント・バイアウトの略で、スクイーズアウトをする買収者がマネジメント、つまり現経営陣である場合を言います。

買収する経営陣にとって、買収価格は安ければ安いほど都合が良いわけで、その点で明らかに株主の利益と相反します。このため、部外者が買収する案件以上に厳格な手続きが求められます。

しかし、日本は法制度が少数株主側にとって圧倒的に不利にできています。プロの機関投資家が「価格が安すぎる」あるいは「手続きが不公正だ」と思っても、あえて無駄な抵抗はしません。

ところが、いわゆるアクティビスト(モノ言う株主)たちは違います。会社側にさまざまなプレッシャーをかけ、TOB価格の引き上げを狙います。ですから、アクティビストが参戦してくれると、抵抗の余地がなかった一般の少数株主にも恩恵が転がり込むわけです。

ミイラ取りがミイラになって泥沼化

ここで、本題に戻ります。今回、最初にユニゾにTOBを仕掛けたエイチ・アイ・エスは、経営陣との折り合いを付けることなく、いきなりTOBを開始しました。

一般に、TOBは経営陣の賛同を得られた場合を「友好的TOB」と呼び、成功率が高まると言われています。会社側が株主に対して応募を推奨してくれる効果は絶大なのです。これに対し、会社側が嫌がってるのにTOBを強行することを「敵対的TOB」と呼びます。

エイチ・アイ・エスのTOBは、まさに敵対的TOBでした。会社側は猛反発し、ホワイトナイト、つまりエイチ・アイ・エスの対抗馬としてフォートレスにTOBを開始してもらい、賛同を表明。応募も推奨しました。

もっとも、エイチ・アイ・エスのTOBは100%支配を狙ったのではなく、45%を保有することを目標にしたものでしたが、フォートレスのTOBは100%支配を狙ったものでした。TOB価格もエイチ・アイ・エスが3,100円だったのに対し、フォートレスは4,000円でしたので、エイチ・アイ・エスのTOBに応募する人はいませんでした。

この時点でエイチ・アイ・エスは買収を断念したわけですが、共通の敵を駆逐した直後から、今度はフォートレスとユニゾ経営陣が仲違いを始めました。フォートレスに買収された後の従業員の処遇が不安だと、ユニゾ経営陣が言い出したのです。このため、TOB中だったフォートレスへの応募推奨も撤回してしまいました。

その後、多くの買収希望者がユニゾにアプローチ。その中には、米国の大手投資ファンド、ブラック・ストーンの名もあります。フォートレス以外の買収希望者から5,000円、もしくはそれ以上の価格が提示され出した結果、市場価格は4,000円どころか5,000円を突破しています。

従業員による買収に経営陣も賛同

フォートレスは当初のTOB価格から100円だけ引き上げた4,100円で、TOB期間を9回にわたって引き延ばしています。現時点での公開買付期限は1月8日です。市場価格が5,000円を超えているのに、4,100円のTOBに応募する人などいません。

そしてついに、従業員有志が買収に名乗りを上げました。TOB価格は5,100円、公開買付期限は2月4日です。従業員有志は全株を買い取って、上場廃止することを目標にしています。

従業員によるスクイーズアウトなので、MBOならぬEBO(エンプロイー・バイアウト)です。もっとも、従業員たちにTOBに必要なお金はありませんから、資金は米国系ファンド、ローン・スターに出してもらいます。

会社側はこの従業員によるTOBに賛同を表明し、応募も推奨。これまで交渉してきた他の買収希望者全員との交渉も打ち切りました。

市場は新たな買収提案者を待っている

それでは、これで一件落着するのでしょうか。株主たちが5,100円で応募してあげれば、従業員たちは1株当たり純資産が7,200円の価値がある会社を5,100円で買収できてしまいます。いくら経営陣が賛同しているからといって、みすみす他の買収提案者は指をくわえて見ているのでしょうか。

また、ユニゾの取引先でこの会社の株式を持っている株主は、TOBに応募して保有株がゼロになっても、ユニゾとの取引を続ける限り、同社との縁は切れません。一方、従業員有志は業務の実務には精通しているでしょうけれど、経営の経験はありません。

買収資金を出すローン・スターは「支配することを目的にしていない」と言っていますから、額面通りに受け取れば、ローン・スターが経営の実権を握るわけでもありません。経営の舵取りをするのが経営の未経験者で、どういう経営になるのかもわからないまま、はたして取引先株主は従業員によるスクイーズアウトを良しとするのでしょうか。

そういった不確定要素ゆえでしょう。株価は5,100円をわずかに超え、12月27日は5,170円で取引を終えています。

敵対的買収者であろうと、より高い買収価格は株主にとってウェルカムです。市場は5,100円よりも高い値段を提示する買収者の登場を待っている――。株価がそう言っていることは間違いありません。

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