広州市で漢代から清代にかけての墓57基が出土

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広州市で漢代から清代にかけての墓57基が出土

22日、墓葬から出土した文物。(広州=新華社配信)

 【新華社広州12月30日】中国広東省の広州市文物考古研究院は26日、同市内の横枝崗で発掘調査を行ったところ、漢代から清代にかけての墓葬57基と文化財500点(組)が出土したと明らかにした。

広州市で漢代から清代にかけての墓57基が出土

26日、発掘作業が行われている東晋時代のレンガ造りの墓葬。(広州=新華社記者/鄧瑞璇)

 同研究院は今年7月から12月にかけて、市内の麓湖公園南入り口を含む交通結節点の景観向上プロジェクトの建設に合わせ、プロジェクトの範囲内で考古学調査と探査を実施、見つかった古墓葬の緊急発掘調査を行った。目下、墓葬57基の整理作業が終わっており、そのうち11基が漢代、13基が東晋南朝時代、2基が唐代、1基が宋代、5基が明代、25基が清代のものだった。また、古墓葬から陶器や青銅器、鉄器、装身具などの文物500点(組)近くが出土した。

広州市で漢代から清代にかけての墓57基が出土

26日、墓葬から出土した文物の一部。(広州=新華社記者/鄧瑞璇)

 考古プロジェクトの責任者、同研究院の易西兵(い・せいへい)副院長は、今回の探査で発見された古墓葬は、漢代と東晋南朝時代の墓に集中的に分布しており、数も多く、規模も大きいことから、広州の歴史地理学的変遷を研究するための豊富な考古資料になっていると説明した。

広州市で漢代から清代にかけての墓57基が出土

26日、墓葬から出土した銅鏡。(広州=新華社記者/鄧瑞璇)

 漢代の墓はいずれも竪穴式の木槨墓(もっかくぼ、棺のまわりを木材で取り囲んで造った墓室を持つ墓)で、前漢後期から後漢にかけて造られ、保存状態も比較的良好だった。副葬品の多くは陶器だったが、銅剣や銅鏡、銅銭なども納められていた。また260個の水晶、瑪瑙(めのう)、琥珀( こはく)などでできた球形、菅形のビーズで作られた副葬品の装身具も見つかった。易氏は「現時点で、これらの材料の多くは域外のもので、海のシルクロードを通って広州に渡って来たものだと考えられる」との見方を示している。

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26日、「大興四年」という文字が刻まれた墓磚(レンガ)。(広州=新華社記者/鄧瑞璇)

 後漢時代の墓はいずれも比較的規模が大きく、レンガの積み方も凝っており、レンガに施された装飾の模様や図案も整っていた。何度も盗掘に遭ったにも関わらず、青磁や滑石(かっせき)製の豚などの器物も残されていた。易氏によれば、ある墓磚(レンガ)には「大興四年」という文字が刻まれており、広州地区における後漢時代の墓の時代区分を研究するための重要な基準となっているという。

広州市で漢代から清代にかけての墓57基が出土

26日、横枝崗の発掘現場。(広州=新華社記者/鄧瑞璇)

 宋代の墓から出土した持ち手付きの「竜文鏡」は、近年広州市で行われた考古学調査で見つかった文化財の中でも特に優れた逸品とされる。

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26日、出土した副葬品の装身具。(広州=新華社記者/鄧瑞璇)

 発掘が行われた横枝崗は、広州市の「桂花崗・獅帯崗・横枝崗」地下文物埋蔵エリアに位置する。易氏は「この地区は広州市の地下に眠る古墓葬の重点埋蔵地区にあたる」と述べている。

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26日、mb考古調査作業員が出土した文物についた汚れを落としている。(広州=新華社記者/鄧瑞璇)

 考古調査作業員らは、1950年代から横枝崗一帯で行われる建設プロジェクトに合わせて緊急発掘調査と発掘作業を複数回実施、前・後漢時代から明・清代にかけての墓葬千基近くを整理しており、同地からは大量の文物が出土している。(記者/鄧瑞璇)