「スカーレット」モデル 小千谷と縁 女性陶芸家・神山さん 窯開設、住民と深く交流

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「新潟の人とは今も手紙のやりとりをしています。縁が深いんです」と語る神山清子さん=滋賀県甲賀市信楽町

 NHKの連続テレビ小説「スカーレット」のヒロインのモデルとされる女性陶芸家、神山清子さん(83)=滋賀県甲賀市信楽町=は新潟県との関わりが深い。35年ほど前に小千谷市で窯を開き、住民と交流を深めた。その後、一緒に陶芸に励んだ長男の賢一さんが白血病となり、本県の骨髄バンク団体の協力を得ながらドナー登録を呼び掛けたこともあった。「新潟の人とは今も付き合いがあり、いい思い出がたくさんあります」と話している。

 小千谷市との縁ができたのは神山さんが40代後半のころ。同市出身の若者が神山さんに弟子入りしたのを機に、滋賀と新潟県を行き来するようになった。

 小千谷の人々と自然が気に入り、家を建て、窯を開いた。冬は信楽で過ごし、それ以外は賢一さんと一緒に小千谷で陶芸に打ち込んだ。陶芸教室を開き、住民とも親しくなっていった。

 春になって小千谷に行くのが待ち遠しかったという。「皆さん優しい人たちで、おいしい野菜などもたくさんいただいた」。秋は山へ出掛けて、キノコ採りをしたのも楽しい思い出だ。

 ところが、小千谷暮らしを始めて5年ほどたった1990年、当時29歳だった賢一さんが血液のがんと呼ばれる慢性骨髄性白血病と診断された。

 それでも神山さんは希望を失わず、ドナー探しに奔走。早期から骨髄バンク活動を展開している本県には「一番応援していただいた」と感謝する。

 悲しい出来事は重なった。神山さんと交流のあった本県の白血病患者とその母親が自ら命を絶ったのだった。その直前、母親から相談の電話があった。賢一さんを看病していた神山さんは「新潟に行くから、待っていて」と答えたという。「諦めないでほしかった。会えなかったことに責任を感じる」と声を落とす。

 賢一さんは、叔母から骨髄移植を受けたものの発病から2年後、亡くなった。

 その後、神山さんは後継者を失った悲しみを乗り越えて、信楽での制作に専念した。

 神山さんの作品は、試行錯誤の末に見いだした「信楽自然釉」が特徴だ。窯の中のまきの灰が自然の釉薬となって土の表面にかかり、黄色かかった赤(緋色=スカーレット)に独特の色合いが加わる。

 まきは、知人から新潟の雑木を運んでもらい使ってきた。「材質がしっかりしていて、優しい色が出るんです」。

 信楽は古くから焼き物の盛んなまちだが、近年は陶器を買い求める人も減っていたという。だが今は、“スカーレット効果”で観光客が急増し、盛り上がっている。

 神山さんは、番組で使う予定の作品作りに励んでいる。「元気で頑張っています。来春、久しぶりに新潟に行こうと思っています」。柔らかな笑顔で語った。

 【こうやま・きよこ】 1936年、長崎県佐世保市生まれ。63年に本格的な作陶に入り、女性陶芸家の先駆けとなる。75年、「信楽自然釉」を発表。2004年、半生を描いた映画「火火(ひび)」が上映される。作品は賢一さんの作品とともに木村茶道美術館(柏崎市)が多く所蔵している。

 [取材後記]神山清子さんは気さくで、飾らず、包容力のある人柄だった。

 苦労続きの半生だった。27歳で本格的に陶芸を始めたが、当時は男性中心の世界で窯場に入ると悪口を浴びた。同じ陶芸家の夫との離婚、賢一さんの死-。

 「私の所に来たいと言う人はみんな受け入れてきました」という言葉に驚いた。陶芸を志す人だけでなく、さまざまな悩みを抱えた若者も自宅に住ませ、励ましてきた。

 今は1人暮らし。番組の影響で多くの知人や観光客が訪れている。「私の顔を見て頑張りますと言ってくれる。それがうれしい」とと語る神山さん。確かに、不屈のパワーが伝わってくる。それは緋色の作品にも表れている。

                 (論説編集委員・山田孝夫)