大分商業高の元エース安達公則さん8月急逝 野球部OBら追悼試合【大分県】

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安達さんの背番号と名前が書かれたユニフォームでプレーした大分商業高のOBら=30日午後、大分市の大分商業高

 大分商業高(大分市)のエースとして1997年の甲子園に出場した故・安達公則さん(享年39)の追悼試合が30日、同校グラウンドであった。野球部OBやその家族ら約50人が集まり、天国の安達さんにプレーを届けた。

 安達さんは日田市出身。2年生だった97年、春夏連続で甲子園のマウンドに立った。夏は初戦で完封し、勝利に導いた。九州国際大(北九州市)ではリーグ戦MVPなど多くのタイトルを獲得。東京ガス時代は無安打無得点試合を達成した。引退後は同社コーチとして、山岡泰輔投手(オリックス)らを育てた。今年8月に急死した。

 追悼試合は同級生の会社員植木英晶さん(39)=愛知県刈谷市、自営業染矢明伸さん(39)=大阪市=が発起人となって企画。同級生や年代の近い先輩・後輩が集まり、監督だった松田瑞雄さん(82)ら指導陣も駆け付けた。

 全員で黙とうをささげた後、プレーボール。安達さんが甲子園で背負った「背番号12」のTシャツを着て、懐かしいグラウンドで試合を楽しんだ。

 植木さんは「みんなで盛り上がり、公則も喜んでいると思う」と話した。試合を見守った安達さんの父、隆男さん(71)=日田市城内新町=は「公則も天国から試合を見ていただろう。大商野球部で幸せだったと感じている」と話した。

 今年の九州地区高校野球大会で大分商は準優勝し、97年以来となる来春のセンバツ出場が有力視される。染矢さんは「公則が亡くなってすぐ後輩がセンバツ出場を確実にしたのは縁がある。甲子園で活躍してほしい」と期待を込めた。