[箱根駅伝]5強・國學院大はなぜ飛躍した?前田監督「信頼築く」も「仲良しではない」指導信念

「歴史を変える挑戦」。2020年1月2日に始まる第96回箱根駅伝で、國學院大学が旋風を巻き起こそうとしている。前回大会で同校史上最高成績の往路3位、総合7位、今年の出雲駅伝では初優勝を成し遂げるなど、着実にその力をつけてきたその背景には、就任11年目となる前田康弘監督の存在がある。
近年パワハラなどの問題が数多く噴出している今、指導者は難しい立場にあるかもしれない。だがこんな時代だからこそ、やれること、やるべきことがあるはずだと口にする前田監督に、指導において大切にしている信念を聞いた。

(インタビュー・構成=花田雪、撮影=軍記ひろし)

選手との信頼関係を築くために必要なこととは

指導者にとっては、難しい時代なのかもしれない――。

スポーツにおけるパワハラ問題が噴出する昨今。“昭和”を象徴する強引な指導法は、今の選手には通用しない。厳しい指導は時として批判の対象になり、選手に物を言えない指導者も増えている。

そんな時代を生きる指導者は、どうやって選手と向き合い、時代と折り合いをつけているのか――。

41歳という若さながら指導歴11年目を迎える國學院大學の前田康弘監督は、「心に響く指導をしなければ、選手との信頼関係は築けない」と語る。

就任時、3年続けて箱根駅伝出場を逃していた同校を、10年かけて大学屈指の強豪へと育て上げた。それでも、この時代だからこその指導の難しさを日々感じているという。

「私は駒澤大学時代、幸いなことに主将として箱根駅伝で優勝という経験をさせてもらいました。ただ、当時は大八木(弘明)監督に出されるメニューをこなしていれば、日本一になれると思って練習しているだけでした。大八木先生の指導法も、今とはまったく違うと思います。でも、変わらない部分もある。それが『心に響く指導』の大切さです。人間ですから、いくら指導者の言葉でも自分が納得できることでなければやりたいと思わない。指導者としていかに選手の心に響かせるか、それが重要です」

「心に響く指導」とは何か――。

時代が変わり、選手たちが変われば、何が響くのかも当然変わってくる。

「私はまだ指導歴が10年程度ですが、それでも以前と比べて選手たちの気質が変化してきているのは感じます。まずは、総じて線が細い。これは特にメンタル面でいえることです。練習でやれていたことが試合で出せない、周りの言葉にすぐに影響されて揺らいでしまう。そういう選手が増えてきている印象です。そうなると当然、必要なのは精神面でのケアです」

もちろん、能力と同様に精神面でも選手によって差がある。強い言葉で指導した方が効果のある選手もいれば、委縮するタイプもいるだろう。その見極めをするために前田監督が重視しているのが選手との対話だ。

「実際に顔と顔を突き合わせて話をしないとわからないことってあるじゃないですか。だから、選手と話す時間はなるべく持つように心がけています。でも、今の選手は『話しに来い』といってもなかなか来ません。普通にLINEで要件を済ませようとする選手もいます。でも、文面だけではわからないことがある。同じ言葉でも、笑いながら話すのと暗い顔して話すのでは意味が変わってくる。だから選手たちにはなるべく顔を見て話したいと伝えて、そういう時間を確保しようと考えています」

指導者と選手が仲良しこよしでは強くならない

選手との対話は、確かに大切だ。とはいえ、部員数も多い強豪校ではすべての選手に時間を割くのが難しいのも現状だ。

「うちは60人ほど部員がいますが、全員の話を聞こうと思うとかなり時間はかかります。1人数分程度でも、2時間以上は必要です。ただ、指導者はそこを面倒くさがっていてはいけない。例えば主力選手だけを相手にした場合、他の選手がどう感じるのか……。もちろん、選手の能力や性格に応じて『区別』はします。でも『差別』はしない。そういうところは、結構気を使いますね」

指導者にとっては60人いる選手のうちの一人でも、選手にとって監督は唯一の存在だ。そこで信頼関係を損なうと、修復は難しくなってしまう。

「承認欲求が強いのも、今の世代の特徴かもしれません。自分の意思を言葉に出すのは苦手なのに『認めてほしい』という気持ちは人一倍あったりする。そのあたりは難しいですが、まずは選手にしっかりと『俺は、おまえのことを認めているよ』と伝えてあげる。そこからスタートして、自分の伝えたいことを言葉に出すようにすると、すんなりと受け入れてくれるケースもありますね」

選手のタイプによって、どうすれば心に響きやすくなるかを試行錯誤する。フレキシブルな指導法は、まさに今の時代にマッチする。

とはいえ、指導者が選手に気を使いすぎるのも問題だと前田監督は語る。

「指導者と選手が仲良しこよしで果たして強くなるのか、といったらそれは違うと思います。時には厳しいことも言わなければいけないし、選手の反発を覚悟して決断しなければいけないこともある。だからこそ、その前段階で選手としっかりとした信頼関係を築く必要がある」

結果を求められるからこそ、時に劇薬も必要になる。前田監督がその劇薬をチームに注入したのが2018年だ。新チーム結成後、主将に当時3年生の土方英和を指名した。最上級生である4年生を差し置いての抜擢だった。

「もちろん、当時の4年生からはものすごく反発がありました。実際に『僕が主将をやります』と言ってきた選手も3人ほどいましたが、『おまえじゃ選手たちはついてこない』と突き返しました。土方は発言力も行動力もあって、何より自分にも他人にも厳しくできる。“ザ・主将”というタイプ。だからこそ、3年生で主将を任せようと思いましたし、4年生にはその理由も含めて納得してもらえるまで話をしました。そのぶん、主将の決定は例年より少し遅れましたが、みんなが納得してくれないと意味がない。最後には4年生も『土方を支える』という気持ちになってくれた。それが前回の箱根駅伝で往路3位、総合7位という結果につながったと思っています」

昨年、当時3年生ながら主将に抜擢された土方英和(写真=KyodoNews)

「箱根がゴールではない」 前田監督の競技人生から来る想い

選手たちとの調和を図りながらも、時には指導者としてしっかりとした道筋を提示する。もちろん、選手個々にも能力に応じて異なる目標設定を提示することが必要になる。

「土方や浦野のように卒業後も世界を目指したいという選手がいる一方で、箱根が集大成、箱根がゴールだという選手もいます。もちろん競技をする以上は少しでも上を目指してもらいたいという気持ちはあります。ただ、だからといって箱根がゴールであることを否定する気はありません。むしろ、それも素晴らしいことだと思います。大学生活のすべてをかけて箱根を目指す。卒業したら陸上をやめて社会人として新たな生活をスタートさせる。それでもいい。ただ、上を目指す選手、目指せる選手には『箱根がゴールではない』ということはしっかりと伝えますね」

箱根がゴールではない――。
これは、前田監督自身の競技人生から来る想いだ。

「私自身、駒澤大学で箱根駅伝を優勝して、正直目標を失ってしまった部分がありました。卒業後は富士通で競技を続けましたが、五輪や日本代表を目指すのかと言われたら、そうでもない。ただなんとなく、競技を続けてしまった。目標も上昇志向もないから、当然結果は出ませんでした」

大学卒業後、社会人という新たな舞台に進みながら「箱根」を超える目標を見いだすことができなかった。そんな経験があるからこそ、選手たちには同じ思いをしてほしくないという。

「早い時期に引退して、その後指導者としてのキャリアをスタートさせました。今の自分に不満はないですが、やっぱり後悔はあるんです。なんであの時、もっとやれなかったのか、新しい目標を見つけられなかったのか――。だからこそ、実力のある選手には世界を見て、箱根より先を見るように指導しています」

今年のチームには浦野、土方という将来的に世界を狙えるエースがいる。彼らはもちろん、それ以外の選手にも、少しでも多くその先の目標を見つけてほしい。

「先を見ている選手ほど、強くなれるんです。それは間違いない。例えば浦野は2018年の世界大学クロスカントリー選手権に出場して、意識が大きく変わりました。彼も国際大会を経験して『箱根って小っちゃいな』と感じてくれたようです。卒業後、世界で戦うことを目指すなら、まずは國學院大のエースで満足してはいけないよと。まずは大学ナンバーワン、その後、日本のトップと、目指すべき目標がどんどん広がる。そうなると、日々の練習への意識も変わってきます」

箱根駅伝が最後、という選手は否定しない。ただ、それ以上を目指せる選手はしっかりと後押しする。選手個々のレベルに合わせた明確な目標設定は、今回の箱根でチームが掲げる「往路優勝、総合3位」ともつながる。

「達成可能な、最大限の目標設定」は選手のモチベーションを上げるからだ。

指導者にとって難しい時代。
だからこそ、やれること、やるべきことがある。

「パワーハラスメントという具体性がないものが問題になっている今だからこそ、やはり選手との信頼関係がより大切になってきていると思います。それ自体、具体性はないですが対話すること、言葉の選び方、話をする環境などを意識することで少しでも形にすることが大切。その上で指導者として、ダメなものはダメ、良いものは良いとしっかり選手に伝えなければいけない。自己満足かもしれませんけど、それが『心に響く指導』につながると信じてやっています」

<了>

PROLILE
前田康弘(まえだ・やすひろ)
1978年2月17日生まれ。市立船橋高校卒業後、駒澤大学陸上競技部に所属。1998、99年度全日本大学駅伝で2連覇、2000年度箱根駅伝で主将として総合優勝を果たす。卒業後、富士通へ入社。2007年國學院大學陸上競技部コーチに就任、2009年より監督に昇格。2018年度箱根駅伝で同大学史上最高成績の総合7位(往路3位)、2019年度出雲駅伝では同校史上初となる優勝を成し遂げた。

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