卓球界の次世代ホープ・戸上隼輔 リオ銀吉村育てた名将と歩んだ高校生王者への道<前編>

写真:戸上隼輔/撮影:伊藤圭

卓球のインターハイで男子シングルス2連覇、全日本ジュニア優勝、世界ジュニア3位と国内外でずば抜けた成績を残す高校3年生がいる。野田学園高(山口県)のエース、戸上隼輔だ。

ジュニア世代のトップをひた走る18歳の戸上は、どのような卓球人生を歩んできたのか。まだあどけなさの残る高校生王者に話を聞いた。

転機は学生卓球界の名門・野田学園への転校

写真:幼少期を振り返る戸上隼輔/撮影:伊藤圭

「記憶が曖昧ですけど、3歳から5歳の間に始めたかな…」。インターハイダブルス優勝経験のある父を含め、両親と兄2人も経験者という卓球一家に生まれた戸上は、物心がついたころにはラケットを握っていた。

幼少期の頃を尋ねると「父は僕の練習を見ることがなくて、母に毎日怒られずっと泣きながら練習してました。でも卓球を嫌になることはなかったです」と当時を懐かしそうに振り返る。

写真:戸上隼輔「地元に残りたい気持ちが強かった」/撮影:伊藤圭

地元三重のクラブチーム松生TTCで充実した日々を過ごし、小6時には全国大会準優勝を果たした。全国で名を轟かせた戸上の元には、多くの強豪中学から誘いがあったが地元中学への進学を決めた。

しかし、中1の全国中学校卓球大会(通称、全中)でシングルス2回戦敗退に終わる。この結果が戸上の心を揺るがした。「すぐ負けてしまってそれが悔しくて。全中で勝っている人を見てかっこいいなと」。戸上は地元中学から強豪校への転校を視野に入れ始めた。

トップ層の低年齢化が進む卓球界では、中学から親元を離れ強豪校へ進学することも珍しくない。戸上もコーチらと相談し「プレースタイルが自分に合っている」と中2の9月に名門・野田学園中学の門を叩いた。

写真:野田学園高で活躍する戸上隼輔/撮影:ラリーズ編集部

名将・橋津文彦監督率いる野田学園は言わずと知れた学生卓球界の名門だ。OBにはリオ五輪銀メダリストの吉村真晴(名古屋ダイハツ)や2019年世界選手権代表の吉村和弘(東京アート)らが名を連ね、超攻撃型“野田スタイル”で全国の上位を席巻してきた。

“野田スタイル”がマッチした戸上は持ち味の攻撃力に磨きがかかり、メキメキと頭角を現す。中3で迎えた最後の全中では、自己最高成績のシングルスベスト8、団体準優勝を収めるまでに成長した。

恩師・橋津監督と成し遂げたインターハイ連覇

写真:インターハイでの戸上隼輔(野田学園)/撮影:ラリーズ編集部

中高一貫のため、野田学園高校に進学した戸上は、高校入学後も破竹の勢いを見せる。インターハイでは、高校1年生ながらシングルス準優勝と鮮烈なデビューを飾り、2年時には念願のインターハイシングルス優勝を果たした。

高3となった戸上は、ディフェンディングチャンピオンとして最後のインターハイを迎えた。「正直苦しかった。あの1大会を通して苦しかった」と当時の心境を明かす。

戸上はシングルス、ダブルス、団体戦の3冠を狙い大会に臨んだ。まずダブルスで栄冠を勝ち取り、続く団体決勝で愛工大名電高と激突した。野田学園のエースとして出場した戸上だったが、まさかの逆転負けを喫する。そのままチームも敗れ、戸上の3冠の夢は潰えた。

意気消沈する戸上を立ち直らせたのは、チームメイトや保護者の存在だった。「団体戦で負けてしまって、今大会もうシングルスはいいんじゃないかと落ち込んでいた。でも次の日会場に行くと『野田学園のエースとしてやってきてくれてありがとう』と保護者の皆さんに感謝された。チームメイトからもエールを受けた。そのことが嬉しかった」。

写真:インターハイ優勝時の戸上隼輔/撮影:ラリーズ編集部

「みんなの気持ちを背負って頑張ろう」と決意を新たにした戸上は、前回大会王者の実力を遺憾なく発揮した。1ゲームも落とさず決勝まで勝ち進み、迎えた決勝。篠塚大登(愛工大名電)を相手に1ゲーム目を先取されるもゲームカウント3-2で勝利し、見事インターハイ2連覇を成し遂げた。

写真:インターハイ優勝後の戸上隼輔(写真左)、橋津監督(写真右)/撮影:ラリーズ編集部

この戸上の活躍の裏にはいつも恩師・橋津監督の存在があった。

戸上は「吹っ切れるまでが時間かかる。吹っ切れる試合と焦って負けてしまう試合が五分五分」と自身のプレーの特徴を語る。「橋津監督は基本僕のことをよく知っている。緊張や硬くなって劣勢のとき、アドバイスの最初に『振り切れ』とまず言ってくださる。そこで気持ちを切り替えられる」と恩師の言葉で数々の勝利を掴んできた。

ライバル・宇田幸矢との真の高校生チャンピオン決定戦

写真:戸上隼輔/撮影:伊藤圭

インターハイ2連覇と高校生最強の座を手にした戸上にライバルを尋ねると、真っ先に宇田幸矢(JOCエリートアカデミー/大原学園)の名があがった。

「宇田選手がどう思ってるかわからないですけど、海外だと宇田選手の方が実績もあるので、どちらかと言うと自分は背中を見ている。横並びというかは、追い越したいという思いで頑張ってます」。

写真:宇田幸矢/撮影:西村尚己/アフロスポーツ

宇田は高校の部活ではなくエリートアカデミーに所属しているため、インターハイに出場していない。そのため、1月に行われる全日本ジュニアが事実上の高校生以下のトップを決める大会となる。お互い高校2年生で迎えた2019年1月、全日本ジュニア決勝の舞台でライバルが相まみえた。

決勝戦は「チャンスないなという感じで、3-0で終わっても仕方ない差があった」と振り返ったように、いきなり宇田に2ゲームを連取される。しかし第3ゲームに入る前、ベンチに入った恩師・橋津監督が戸上にアドバイスを送る。

「振り切れ」

最大の武器“振り切る”プレースタイルで戸上が逆襲を開始。「前年度張本(智和)選手もオール3-0で優勝して、僕も3-0で負けてしまっていた。今年は3-0ではやられたくない」と気持ちも切り替えた戸上がそこから3ゲームを連取し、宇田をゲームカウント3-2の大逆転で下した。

写真:世界選手権での1次選考会での橋津監督(写真左)、戸上隼輔/撮影:ラリーズ編集部

結果、戸上はインターハイに続き、全日本ジュニアチャンピオンにも輝き、名実ともにジュニア世代の頂点に立った。

写真:全日本ジュニア優勝時の戸上隼輔/撮影:西村尚己/アフロスポーツ

戸上の「人生が変わった」試合

写真:戸上隼輔/撮影:伊藤圭

インターハイシングルス2連覇、全日本ジュニア優勝など国内で実績を積み重ねてきた現在高校3年の戸上。そんな戸上が「人生が変わった」と称する試合がある。2019年2月、当時高2の戸上が、Tリーグで水谷隼木下マイスター東京)と対戦した試合だ。

取材・文:山下大志(ラリーズ編集部)
取材日・10月15日

© 株式会社ラリーズ