絶対に捕まります。やめましょう!(写真はイメージです)
佐藤陸人(仮名、裁判当時28歳)は昼食を家で食べた後、いつものように外へでかけました。行き先はいつものゲームセンターです。この時彼はお金を持っていませんでした。毎月親から20000円のおこづかいを貰っていましたが、すでに遣い果たしてしまっていたのです。これではゲームセンターで遊ぶどころかいつも吸っているタバコを買うこともできません。
しかし、このような状況に彼は慣れていました。彼は「行きつけだった」という神社の方向に足を向けました。
神社に着いた彼は賽銭箱の中に一本の棒を差し入れました。先端にはガムが付けてあります。彼が棒を賽銭箱から出すと、先端のガムには千円札が一枚と百円硬貨が二枚くっついていました。
犯行時刻は平日の午後2時頃です。こんな白昼堂々と賽銭泥棒などしていれば当然犯行を目撃している人がいます。目撃者が110番通報している間に彼は神社から立ち去っていましたが、犯行に使用されたガム付きの棒は境内に放置されていました。後の取り調べで
「せっかく見つけた丁度いい感じの棒だったから、また使おうと思って神社の裏手に立て掛けておきました」
と、棒を犯行現場に残していた理由を話しています。
彼には以前に警察に世話になった前歴が5件ありました。万引きや自転車盗、そして賽銭泥棒でも捕まっています。その際に指紋などのデータは警察に取られています。
現場に残された棒に付いていた指紋、そしてガムに付いていた唾液から検出されたDNA、たとえ現場では捕まらなくても彼の犯行を裏付ける証拠は揃っていました。
「捕まると思ってなかった」
「大丈夫かな、と思った」
と甘く考えていたようですが、ほどなくして彼は逮捕されました。
彼には妹が1人と弟が2人います。妹はすでに家を出て自立して生活をし、2人の弟は実家から国立大学に通っています。4人兄弟の中で長男だけが浮いた存在になってしまっていました。
彼は高校を卒業間際で中退し、その後は警備員やコンビニのアルバイトなどの職を転々としましたが、どれも長続きはしませんでした。月に20000円のおこづかいを貰いながらいつまでもブラブラしている長男を見かねて父親は知り合いから職を紹介してもらったりもしたようですが、そこもすぐさま辞めてしまいました。
「他の子は優秀なのになんで長男だけ…」
両親はそんな想いをずっと抱いていたようです。そして、それは本人も感じていました。
「兄弟で一番バカなことにコンプレックスは感じていました。弟たちはできるのになんで俺はできないんだろう、なんでかな、とは思っていました」
証人として出廷した父親は彼についてこう話していました。
「検査はしたことがないんですが、発達障害や知的障害のようなものもあるのではないかと少し感じています。考え方や行動の幼さというか…下の3人は成人してしっかりしてますし。子育てに関しては、長男なので少し気が回らないことがあったかもしれません。長男だからと少し厳しく当たってたところもあるかもしれません」
障害の有無については何とも言えません。うまく生きていくことが出来なかった原因の一端は障害にあるのかもしれませんが、それと犯罪を犯すかどうかは全く別の話です。
最も身近な親族である父親が、犯行に至った理由を安易に障害と結びつけようとするならそれは更正を阻む大きな障壁になってしまう気がします。
彼ははじめから、仕事もせずに親からおこづかいを貰ってゲームセンターに通いお金がなくなれば賽銭泥棒を繰り返すような、そんな人間だったわけではありません。
父親の証言によれば小さなころは、
「すごくマジメで明るくて素直な子でした。それに兄弟想いの優しい子でした」
という一面を持っていたそうです。何が彼を歪めたのかはわかりません。傍聴席から見えたのはコンプレックスに苛まされて助けを求めている、優しい心を持っていたはずの弱い男の後ろ姿だけでした。(取材・文◎鈴木孔明)