『音楽は素晴らしいものだ』で確信!キンモクセイは素晴らしいバンドだ!

『音楽は素晴らしいものだ』('02)/キンモクセイ

2018年より活動を再開していたバンド、キンモクセイが2019年12月25日にニューアルバム『ジャパニーズポップス』を発表した。オリジナルアルバムとしては実に14年振りの新作であるということは、10代はもちろんのこと、20代のリスナーにしてもその名を知らない人も多いことだろうが、キンモクセイは日本のポップミュージック史を語る上で欠かせない存在である。本格復帰を喜ばしく思うと同時に、今まで以上に多くのリスナーに彼らの音源に触れてほしいと思う。当コラムがその一助になれば幸いである。

2ndシングルで紅白歌合戦にも出場

今回キンモクセイのバイオグラフィを調べ、彼らの1stアルバム『音楽は素晴らしいものだ』を改めて聴くと、どうしてこのバンドが邦楽シーンのメインストリームに居続けられなかったのか、ちょっと不思議な気がする。デビュー時のセールスも決して悪くなかった。2002年1月にリリースした2ndシングル「二人のアカボシ」がノンタイアップながらチャートトップ10入り。その年の年間チャートでも49位となり、同年の『NHK紅白歌合戦』に出場している。「二人のアカボシ」以降のシングルもチャートリアクションこそそれを超えることはなかったけれど、3rd「七色の風」14位、4th「さらば」15位、5th「車線変更25時」22位、6th「同じ空の下で」20位と、人気が定着したと思わせるに十分な成績であったように思う。今回紹介する1stアルバム『音楽は素晴らしいものだ』もその年に発表したもので、これもまたチャート10位と新人バンドとしては大健闘と言える結果であった。2002年の活動だけ見ると、あとはブレイクを待つのみという状況だったように思えてならない。しかし、残念ながらそれは叶わなかった。いや、2019年、彼らは本格的に活動を再開しているので、正確には“今のところ叶っていない”と言うべきだろう。

以下、本稿ではその内容を解説していくが、この『音楽は素晴らしいものだ』はポップスとしてロックとしても、あるいは歌謡曲としても優秀な作品であると断言できることを先に申し上げておきたい。大衆的でありつつもそこに阿ることもなく、しっかりと先達への敬意を払いながら、ありがちな衒学趣味は感じられない。これもまた後述するが、本作が発売された頃の音楽シーンの状況を考えると時代の波に飲み込まれてしまったような感じも否めないだけに、当時チャート10位を記録した作品とはいえ、再評価の余地は十分にあると思う。つまり、彼らがブレイクする可能性はまだ十二分にあるということだ。2003年から2004年にかけてキンモクセイをヘビロテしていたひとりとして、本当にブレイクしてほしいと心から願って作品解説をしてみよう。

優秀なサウンドと センスのいいメロディー

跳ねた鍵盤~ギターのカッティング&ベースのうねりで始まるM1「手の鳴る方へ」は、その10秒余りのイントロを聴いただけで、彼らが優秀なバンドであることが分かる。これから先このアルバムがどんな展開を見せるのか期待感を抱かせるに十分なオープニングでもある。Chicagoの「Saturday in the Park」が元ネタ…と言い切ってしまうと味気ないけれども、歌の出だしが《さあみんな手の鳴る方へ》で《さあ》から始まっている辺り、あえてやっている感じがあって如何にも楽し気だ(「Saturday in the Park」の出だしは《Saturday》)。狙ってパチもん感を出しているというか(失礼な物言いに聞こえたら御免)、少なくとも眉間に皺を寄せて作ったような感じがしないところがとてもいい。ディスコティックな4つ打ちのリズムでグイグイと進んでいきながらも、ヴォーカルの旋律はいい意味でフワッとしていて変に力んでいる感じがないところもポップさを助長していると思う。歌詞にも合っている。

《みんな同じ服を着て歩くのが好き あんな事をしたらみんなに嫌われる/外したら叩かれるそんな世界 されど恋し》《みんな同じ物を沢山作るのが好き 壊れたなら新しいのと取り替える/人々は流れてくそんな世界 だけど恋し》《辛いけど僕一人歩いてもしょうがない/僕もきっとそのうちにいつかは強い風に流されて行くのだろう》(M1「手の鳴る方へ」)。

内容は普遍的な社会風刺であろうが、これを力強く高らかに歌われると完全にロックになって、わりとありふれたメッセージソングになる──という言い方は少し変かもしれないけど、キンモクセイでなくてもありそうな感じはする。ポップなサウンドとメロディーで、伊藤俊吾(Vo&Gu&Key)の声に乗せているのがいいのである。しかも、こんな歌詞も出て来るから余計クールに響く。

《さあみんな手の鳴る方へ鬼に食べられるぞ/僕は程々にて帰り路を急ぐよ/さあみんな手の鳴る方へその隙に僕らは/誰も見た事ない所へと急ぐよ》(M1「手の鳴る方へ」)。

このM1「手の鳴る方へ」はイントロ以外のサウンドも素晴らしい。基本はイントロで聴かせるリフレインながらも尻上がりにテンションが高まっていく。間奏のツインギターのソロもいいが、圧倒的な聴きどころはアウトロ。速弾きのギターに手数の多いドラムが絡んでいく様子は実にスリリングで、このバンドのアンサンブルが強固であることが分かる。その本領発揮したかのような演奏を耳にして“これがキンモクセイかっ!?”と思わず唸ってしまう──それはかなり大袈裟な物言いだとしても、冒頭から《誰も見た事ない所へと急ぐよ》と歌っているのは決して伊達じゃない印象は強くなる。アウトロでのバンドアンサンブルはこれ以外の楽曲でも聴くことができることも付け加えておきたい。

AOR的なアーバンな雰囲気を持ったM2「目隠しの街」はBメロとサビでファルセットを使ったレンジの広いメロディーを有していて、作曲センスの良さをうかがわせるナンバー。ソウルなフィーリングのあるコーラスワークもいい。歌詞は物語があるようなないような感じだが、それゆえに多様性はあって、サビの《ただの楽しい話がしたいね》辺りはアルバムタイトルと絡めて考えると、“これは《話》を“音楽”に置き換えてもいいのかな”などと解釈したくなる代物だ(あくまでも個人の解釈です)。続くM3「二人のアカボシ」は前述した通り、言わずと知れたヒットシングル。これもまたイントロからとても素晴らしい。導入のエレピ+パーカッションからして雰囲気があるし、そこからスライドギター+ストリングスが入るに至っては聴く人の頭の中にある風景を一変させるような効果があると思う。歌メロの展開も巧みだ。Aメロは比較的淡々とメロウに進むが、Bメロでピリッとした緊張感を孕んで、サビは開放的でありつつも完全に突き抜けない…という、やきもきする感じというか、出口がありそうでなさそうな感じが、その旋律からも伝わってくる。

《眠る埋立地(うみべ)と 化学工場の/煙突に星が一つ二つ吸い込まれ/沢山並んだ 街の蛍達も/始まる今日に負けて見えなくなってゆく/君とも離れることになる》《見渡せば青く続く信号機が/二人の想いを照らせばいいのにな/明日の僕らは何処にいる?》(M3「二人のアカボシ」)。

歌詞はことさらに優れた表現や言い回しではないが、情景と心情を丁寧に描写しているので、聴く人がシーンをイメージしやすいと思われ、流行歌としても優れたナンバーであると思う。

あふれ出ている先達へのオマージュ

M4「ゆびわ (newrecordings)」以下は先達へのリスペクトのオンパレードだ。特にM5「七色の風」とM7「追い風マークII」は、それと分かるようにオマージュが出現している。アルバムに先行して3rdシングルとしてリリースされたM5「七色の風」は明らかな大瀧詠一オマージュ。滑るように滑らかに奏でられるストリングス。Bメロのカスタネット。ウォール・オブ・サウンド。山下達郎っぽい感じも、松田聖子の「風立ちぬ」っぽい感じもあるし、Cメロは笑っちゃうくらいナイアガラである。全体的なベースラインやアウトロ近くのギターの音色にどこかいなたい印象があるけれども、これもメンバーがリスナーとして聴いてきたポップスへの愛情を示しているのだろう。ちなみに「七色の風」のシングルリリース時に[少数配布されたプロモーションCDのジャケットは大滝詠一の『A LONG VACATION』のパロディーになっていたほか、同じく特典で配布されたステッカーは『NIAGARA TRIANGLE Vol.2』のパロディーとなっていた]そうである([]はWikipediaからの引用)。M7「追い風マークII」はそのサウンドもメロディーもモロにフォーキーで、タイトルの“マークII”からすると吉田拓郎リスペクトであることが分かる。《友よ北へ向かえ》なんて歌詞はいかも70年代フォークシンガーが好んで使っていそうなフレーズだし、スキャットの部分もそうである。「追い風マークII」は「七色の風」のC/Wだったということは、キンモクセイがこれらを完全な確信犯としてやっていたことは間違いないけれども、ここまで徹底してやられると清々しさを感じるほどである。また、M4「ゆびわ (newrecordings)」やM6「しあわせ」辺りはThe Beatlesの匂いもするし、彼ら自身も楽しみながら楽曲を制作したことがうかがえるところである。

M8「僕の行方 (ストリングスは素晴らしいものだVersion)」はアコギのストロークが引っ張るフォークロックでありつつ、ソウルなテイストも感じさせる楽曲。サビのメロディーも力強く、これだけでも十分に推進力があるが、確かにストリングスが入るとその素晴らしさがよく分かる。M9「密室」はブルージーでありつつもハードロックの匂いもあって、そのギターはCream時代のEric Claptonの感じと言ったらいいだろうか。オルガンの鳴りもとてもいい具合で、バンドとしての度量がさらに分かる印象だ。これらに続くのが、フレンチポップスのようなメロディを持つM10「ぽっかぽか」で、さらにアコギのアンサンブルと歌のハーモニーだけのM11「少年の頃の想い出」と続くことでも、キンモクセイの懐の深さを感じられるところでもあると思う。

フィナーレは4thシングルとしてアルバムと同時発売されたM12「さらば」。シンプルでありつつしっかりとした抑揚がある歌メロは、展開するに従ってレンジも広くなるという、これもまたメロディメーカーとしての確かな資質を感じられるナンバーだ。そこにリズム&ブルース的なブラスを絡めているのも面白い。オルガンソロからギターソロへとつながる間奏では、バンドサウンドの矜持を見出すこともできる。アルバムの最後に「さらば」という題名のナンバーを置くことを洒落てると考えるかベタと考えるかは判断を迷うところだが、リピートする《こんにちは ありがとう さよなら また逢いましょう》を聴いているとテンションがほんのり上がっていくことは間違いない(決して爆上がりではないところがポイントだと思う)。そして、本作全体の聴き応えを振り返り、このアルバムが『音楽は素晴らしいものだ』というタイトルであったことを考えると、“本当にその通りですねぇ”と頷かせてしまうような感じがあるのではないかと思う。多幸感とはまた少し違うのだろうけど、何かいいものを聴かせてもらった…というような気分になる。フィナーレとしてはベストではなかろうか。

煌びやかな時代にマッチしなかった不幸

デビュー作にして文字通り、音楽が素晴らしいものであることを示したキンモクセイではあったが、以降は作品を発売する毎にセールスは下降していった。彼らがデビューした2001年から2002年にかけてシーンを席巻していたのは浜崎あゆみ、宇多田ヒカル、MISIA、倉木麻衣ら、所謂ディーヴァたち。2003年頃からはEXILEも台頭してきたし、2005年の年間トップセールスはORANGE RANGEだった。シーンが煌びやかなエンタテインメント傾向にシフトしていく中、メンバーのキャラクターが極めて個性的というわけでもないキンモクセイがなかなかアドバンテージを見出せなかったことは想像するに難くない。音楽性は雑多ではあるものの、俗に言うミクスチャーロックと比べたら明らかに派手さが薄いことも否めないであろう。スタッフも売り方に苦心したと思う。デュエットソング(8thシングル「二人のムラサキ東京」)も作ったし、カバー曲やカバーアルバム(11thシングル「夢で逢えたら」とアルバム『さくら』)も制作しているが、これらは苦労の跡と見て取れる。筆者は一度だけキンモクセイに取材したことがあって、それは「二人のムラサキ東京」リリース前のことだったのだが、伊藤が“コツコツやっていきたい”というようなことを言っていたことが思い出される。今になって思えばメンバーにもプレッシャーがあったのだろう。最新のインタビューでも活動休止の理由としてそんなことを語っている。冒頭でこのバンドが邦楽シーンのメインストリームに居続けられなかったのは不思議だとは言ったものの、こうして理屈を後付けすれば、それも止む無しであったとも理解できる。なかなか思うようにならない状況下で伊藤は体調を壊したとも聞くから、2008年に活動を止めたことも仕方がなかったのだろう。

以後、2011年の東日本大震災被災地支援コンピレーションアルバム『HOPE nau!』収録曲のレコーディング、2016年の熊本地震支援イベントへの出演を経て、2018年に彼らの地元である相模原市でのライヴを披露。2019年には11年振りにワンマンライヴを開催し、この度5thアルバム『ジャパニーズポップス』を発表して本格的にシーンへと復帰した。メジャーデビュー時とは比べものにならないほどに緩やかなペースだが、それでいいのであろう。“ブレイクしてほしいと願う”と言った筆者の気持ちに嘘はないが、それはあくまでも彼ら自身が楽しんで活動した上でのこと。病んでまで音楽をやる必要はないし、マイペースで末永くいい作品を作り続けてくれることが何よりもいいに決まっている。

TEXT:帆苅智之

アルバム『音楽は素晴らしいものだ』

2002年発表作品

<収録曲>
1.手の鳴る方へ
2.目隠しの街
3.二人のアカボシ
4.ゆびわ (newrecordings)
5.七色の風
6.しあわせ
7.追い風マークII
8.僕の行方 (ストリングスは素晴らしいものだVersion)
9.密室
10.ぽっかぽか
11.少年の頃の想い出
12.さらば

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