「夢や希望届けたい」 東京五輪サッカー男子日本代表 森保一監督 2020に懸ける長崎県勢

東京五輪に向けて「日本を応援してくれる人のために戦えることを誇りに思う」と語る森保監督=長崎市内

 東京五輪で金メダルを目標に掲げるサッカー男子日本代表。長崎市出身の森保一監督が、サムライブルーを率いて世界の強豪に挑む。選手一人一人と真摯(しんし)に向き合い、誰からも信頼される指揮官がどんな戦いを見せてくれるか。その原点を探るとともに、本番への意気込みを聞いた。

 -長崎日大高時代まで無名の選手だった。
 強い学校が島原商から国見に移りつつある時代。県内で勝てなかったけれど、乗り越えたいと思える壁の存在がその後に生きている。順風満帆に見られることもあるが、エリート街道とは程遠く、ずっと雑草魂でやってきた。

 -高校卒業後に進んだのが育成型クラブのマツダ(現サンフレッチェ広島)。ただ、ここでも同期唯一の子会社採用という「一番下」からのスタート。そこから日本代表となり、日本を代表する監督になった。その要因は。
 サッカーも、人としても、広島で全部教わった。一番大きかったのは「競技者である前に良き社会人であれ」という教育。人の話を聞く、人に伝える、日々の成果と課題を振り返って次の日につなげる。その重要性を植えつけられた。組織を生かすために、自分が何をすべきかを学んで今がある。そんな環境の中で、わりと若いうちに指導者の道を意識し始めた。

 -監督としては、選手との対話力の高さが評価されている。チームの規律を重んじながら、個々の持ち味を引き出す力がある。
 一人一人に個性があって心がある。置かれている立場も違う。一方的に求めるだけでなく、まずは選手の考えを聞きたい。ただし、チームとして同じ絵を描き、仲間のために走って戦うことが前提。結果は私が責任を負うので、選手たちには内容を求める。振り返ったときに「ベストを尽くしたよな」と思いたい。

 -日本の期待を一身に背負う立場。重圧も大きいのでは。
 何よりも結果が問われる世界。本当に本番までの一試合一試合が勝負。次がある保証もないが、着実に積み上げができるように、最終的に本大会で結果を出せるようにやっていく。自分のメンタルが強いなんて思っていなくて、むしろ弱いけれど、常に最善を尽くして結果を受け入れたい。

 -五輪に向けて、あらためて意気込みを。
 皆さんに日常と非日常を感じてもらえればうれしい。「日本代表が頑張ったから、あした私も頑張ろう」と思ってもらえるような試合をして、夢や希望を届けたい。非日常は「よくそんなシュートを打てるな」など選手たちのスーパーな部分。日本を応援してくれる皆さんのために戦えることを誇りに思っている。幸せに思う。だからこそ、すべての試合に勝ちたい。

 【略歴】もりやす・はじめ
 長崎市立深堀小5年からサッカーを始め、長崎日大高卒業後の1987年にマツダ(現サンフレッチェ広島)に加入。17年間の現役生活のうち、14年間を広島で過ごした。日本代表として93年の「ドーハの悲劇」を経験。2012~17年は広島の監督として、J1で3回優勝した。17年10月に東京五輪代表監督に就任。18年7月からフル代表監督も兼務している。51歳。

 

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