<レスリング>【新春特集】オリンピック・イヤーを迎えて…福田富昭会長インタビュー(2)

《第1回》


 ──2019年は日本レスリング界にもいろいろな出来事が起こりました。まずは収穫の面からお聞きしたい。

 福田 最大の収穫は、日本の選手たちに多くの国際大会に出場する機会を与えられたことでしょう。ジュニア、カデット、U23、そして最近ではU15という新たなカテゴリーを通して、日本ほど海外遠征で経験を積ませている国はない。結果は勝ったり負けたりしているけど、恵まれた環境に置かれていると思います。

U15アジア選手権出場で台湾から帰国した選手たち。15歳以下も国際大会を経験できる時代となった

 ──その一方で、どんなところに課題があると思いましたか。

 福田 気持ちの切り換えをしてほしいということです。56年ぶりに東京で行なわれるオリンピックで「日本代表として勝つ」という気持ちを強く持ってほしい。何となく出る。何となく練習するではダメ。本気になって「地元のオリンピックで勝つんだ」という高い意識を持った集団になってほしい。

 ──1964年の東京オリンピックは、初の自国開催ということで選手の意識やモチベーションはいつになく高かったのでしょうか。

 福田 高かったですね。オリンピックが開催されるたびに、レスリングは1年間という長期合宿を組んでいる。アパートや一軒家を借り、そこに候補選手が寝泊まりしながら練習するわけです。自衛隊所属の選手は自衛隊で生活していたけど、合宿にいる選手は、朝は全員で一緒にトレーニングをしてから(活動の拠点とする)学校や大学に行ってまた練習する。そして合宿に戻ってから3度目の練習をしていました。前回の東京オリンピックの時もそうでした。

 いまは味の素ナショナルトレーニングセンターができたので、アパートを借りる必要はなくなりました。今回も代表が全員揃ったら、味の素トレセンで長期合宿を組み、しっかりと強化策を立ててほしい。まだ代表が決まっていない階級はギリギリまでとことん競わせるのもいいけど、早めに代表を決め徹底強化を図るのもいいのではないかと思います。

指導者と選手がしっかり話し合い、お互い理解を…パワハラ対策

 ──ここ数年、レスリングは以前では考えられない「パワハラ」という問題に直面しました。この問題はどう捉えていらっしゃいますか。

 福田 難しい問題です。最近の指導者は選手にかける言葉にものすごく気を使っている。ありきたりの言葉しか出せない。いや、出せない状況になっている。どこまでが叱責で、どこまでがパワハラなのかの線引きがはっきりしない。選手が嫌がることを強制すれば、すべてパワハラになるのか、疑問を投げかけたい部分もあります。こうなったら指導者と選手がしっかり話し合い、お互い理解したうえで前に進むという形を作っていかないといけない。

2018年9月に実施された協会理事対象のパワハラ防止のための講義。以後、指導者講習会や全国連絡会で実施している

 ──昨今の練習を見ていたら、本当にそう思います。指導者は選手に対して強い言葉をかけにくくなっている。

 福田 本人にやる気を起こさせるためには、時には厳しい言葉も必要です。しかし、何を言われてもできない選手もいれば、やれない選手もいる。そうした選手たちが、指導者から発せられた厳しい言葉をどう感じるか。練習を見ていると、自らやっている選手とやらされている選手はおよそ区別がつく。東京オリンピックからずっと現場でオリンピックを見続けている私の経験から言えば、オリンピックのような舞台では自発的に高い意識を持って練習している選手が勝ちます(きっぱり)。要は、選手がコーチの言葉を理解し、その言葉によって自分をどう高められるかが問題ですね。

 ──サッカー界のKINGこと三浦知良さん(横浜FC)は「ブラジルでは暴力や体罰に頼る指導はない。その必要もない。ダメな奴は切り捨てられるだけだから。ダメな人間を何とか引き上げ、叱ってでも矯正しようとする教育的動機は薄い」と述べています(2019年10月19日付け 日本経済新聞)。日本はその反対で、切り捨てるより、救ってやろうとする。それがパワハラや圧力と受け取られるケースもある。優しさが、時にはパワハラと受け取られてしまう。

 福田 ランニングしている集団がいるとしたら、そのペースについていけない数人に指導者が「どうした!」と声をかけただけで、パワハラになる風潮がある。激励がそうなってしまう風潮は明らかにおかしい!

 ──「何をやっているんだ!?」と言っただけでパワハラになりかねない状況です。

 福田 怖いですよ。この流れだったら、自主的に練習をやる選手しか指導できない。努力している選手であっても、ついて来られないなら「無理やりついてこさせるな」という時代になりつつある。

《ここでインタビューに同席していた女子・元日本代表コーチの木名瀬重夫氏が飛び入り。選手と指導者の理想的な関係に関する私論を述べた》

 木名瀬『選手は「コーチが追い込んでくれたからできた」という部分がある。自ら厳しさを求められる選手ばかりではない。情熱と信頼があれば、恫喝や体罰は論外として、厳しい指導は必要であり、全て自主性に任せるべきものではありません』

 福田 悲しいかな、いまは「気合だ!」とも言えない時代ですよ(笑)。

 ──アニマル浜口さんも泣いているかもしれませんね。

《続く》

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