夫亡き後、未成年の子どもがいるとマイホームを売却するのに時間がかかる理由

不慮の事故で亡くなった夫。遺された妻は悲しみに暮れる暇もなく、ひとりで3人の子どもを養っていかなければなりません。

妻は、夫が遺してくれたマイホームを売却する決心をしますが、マイホームの名義を亡くなった夫から相続人である妻に変えるのは簡単なことではありませんでした。なぜなら、未成年の子どもたちにも相続権があるからです。

自分が亡くなった後に大切な家族が困らないように、子どもが生まれたら、自分名義の住宅を購入をしたら、遺言書の作成をしておいた方がいいといいます。


大黒柱が不慮の事故死、一変する遺された家族の生活

今野たかしさん(40歳、仮名)は、よしこさん(38歳、仮名)と長女(15歳)二女(12歳)三女(7歳)の5人家族です。

たかしさんとよしこさんは共働き夫婦で、この日の朝も、いつもと変わらず仕事に出かけていきました。ところがお昼過ぎに、よしこさんのもとに、たかしさんが交通事故で亡くなったという連絡がありました。

よしこさんは悲しみでいっぱいの中、3人の子どもを抱えて途方に暮れていましたが、やらなければならないことが次から次へとやってきます。葬儀、埋葬、納骨……。不慣れな行事が続きました。

その後、葬儀の手続きはひと段落したものの、よしこさんには仕事もあったため、やむなく子ども3人は、近くに住んでいるよしこさんの両親に預けることにしました。両親の助けもあって、やっと生活が落ち着いてきた頃、よしこさんはたかしさんの遺した財産のことを考えはじめました。

亡くなった夫名義の不動産を売却するには?

たかしさんは生前、マイホームを購入していました。当初、よしこさんはその家に今後も住み続けようと思っていましたが、シングルマザーとして働きながら、ひとりで3人の子どもを育てるよりも、近くに住んでいる両親と一緒に暮らしたほうが安心だという思いから、マイホームを売却したいと考えるようになりました。

しかし、不動産の名義はたかしさんです。売却するためには、不動産の名義を相続人に変更しなければなりません。そのためには、たかしさんの遺産分割協議(遺産を分けるための話し合い)が必要です。

遺産分割協議は相続人全員で行うことになります。たかしさんの相続人は、よしこさん、長女、次女、三女です。遺産分割協議は、法律行為です。ところが、未成年の子ども3人は成人に達するまで単独で法律行為はできないとされています。

では、どうするのか。

遺産分割協議をするのに法定代理人が必要になるということです。

母親が子どもの法定代理人になれないのは、なぜか?

通常、子どもの法定代理人には親がなりますが、遺産分割協議においては、その親(よしこさん)も、未成年の子どもも相続人である場合、遺産を相続するという利益が相反してしまうため、よしこさんは子どもの法定代理人にはなれません。

つまり、今回のように母親と子ども(未成年)が相続人の場合、子どもが自分で判断できない状況で母親が代理人となると、母親は相続財産のすべてを自分ひとりで相続すると決める(子どもには一切相続財産を分けないとする)ことができます。法律ではそういったことを防ぐため、親が未成年の子どもの代理人になることができないよう規定しています。

こうした場合、未成年の子どものために「特別代理人」の選任を家庭裁判所に申し立てする必要があります。たかしさんの場合、相続人で未成年である長女、二女、三女の3人にそれぞれ特別代理人を選任しなければなりません。

特別代理人というのは、家庭裁判所が誰にするのかを決めるのではなく、申立人(親等)が申し立て時に候補者を決めておくのが通常です。叔父、叔母などの相続人でない親族が選任されますが、特別代理人をお願いできる親族がいない場合は司法書士等の専門家へ依頼する方法もあります。

特別代理人が選任され、遺産分割協議が行われても、「子どもはまだ幼いから財産をすべてよしこさんに」とすることはできません。未成年の特別代理人は、それぞれ法律で定められている相続分を保護する必要があるからです。これは叔父、叔母が選任されても専門家が選任されても同じことです。

また、裁判所が遺産分割の内容を認めなければ話は進みません。法律で定められている相続分は、よしこさんが2分の1、長女、二女、三女は6分の1ずつです。遺産分割協議が終わるまで、自宅不動産は空き家のまま、固定資産等の費用は負担し続けなければなりません。裁判所も関与してくるので手続きは煩雑になるでしょう。

遺言書があれば、法定代理人の選定は不要に

これを防ぐことができるのは「遺言書」です。たかしさんが「財産をすべてよしこさんへ相続させる」という内容の遺言書を書くことによって、未成年の特別代理人を選任することは不要になります。同様に遺言書に書き残せば、不動産の名義も、預貯金の名義も、よしこさんにすることができます。

たかしさん40歳、よしこさん38歳、ともにまだ若く遺言書が必要になるのはまだまだ先だと思われたのかもしれません。実際、そう思っている方も多いと思います。しかし、未成年の子がいる家庭で、もしものことがあると、思いもよらない手続きが待っていることを知っておいてください。

子どもが生まれて、不動産をすでに持っている、もしくは購入するなら、とりあえず「配偶者に全ての財産を相続させる」と、お互いに遺言書を書いてみてはいかがでしょうか? 遺言書は何度でも書き直すことができます。子どもが成人したときに遺言書の内容を見直して書き直すことも可能です。

未成年でも相続人の権利は平等

遺言書がなければ、法律または遺産分割協議の結果に従って、財産を分けなければなりません。このことを知っていれば、たかしさんご夫婦はこのようなことにはなっていなかったかもしれません。

戦前には家督相続制度がありました。家督相続制度とは、家の主である戸主が亡くなった場合、原則として長男が家督相続人となり、すべての遺産を相続するというもの。遺産を相続した長男は、新しい戸主として家族を扶養する義務を負っていたのです。遺言書がなくても引き継げる。ですから、遺産を分けるということはなかったのです。

ただし、今の法律では一定の基準のもとで、相続人は平等とされています。未成年であったとしても相続人としての権利を平等に持っているのです。年齢は関係ありません。

もしものときどうなるのか、今からできる対策はあるのか、家族が大変な思いをしないように専門家に相談してみてください。

<行政書士:細谷洋貴>

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