井口昇(映画監督)- エログロからメジャーに! 井口昇の『封印映画フェス』再び!

生誕50周年までの映画人生を振り返る

──先日の『井口昇封印映画フェス』で上映された『おばあちゃんキス』『魔悪子が来る!』はどちらも怪作で、本当に心から楽しませていただきました。『封印映画フェス』は監督の生誕50周年という節目での開催となったわけですが、その一方で『惡の華』という大作が劇場公開と、かなり充実した一年だったのではないでしょうか。

井口:昔はウンコとかゲロの出るような作品ばかり撮っていた人間が、まさか大きなシネコンで自分の映画を上映してもらえるようになるとは…。たぶんそんな監督は世界中探しても僕かジョン・ウォーターズくらいなんじゃないかと思います(笑)。

──いつ頃から映画を撮り始めたんですか?

井口:昔、長谷川和彦さんが代表を務めていた「ディレクターズカンパニー」という映画製作会社があったんですが、僕が中学二年生の頃、そこのシナリオコンテストで特別賞をいただいたんです。その時に獲得した賞金20万円で8mmカメラと映写機を購入したのが映画を撮り始めたきっかけですね。そこからは自主映画を撮って「ぴあフィルムフェスティバル(以下、PFF)」に応募しては落選するという日々を送っていました。「PFF」の上映会で知り合った園子音監督の立ち上げた「ファックボンバーズ」という映像集団に一時的に所属していたこともありましたね。

──あの『地獄でなぜ悪い』のモデルになった団体ですね。

井口:そうです。実物を知っているので「嘘つけ! そんなんじゃなかったぞ!」という部分もあるのですが(笑)。その後はセクシー映画を撮ったりしながら貯めたお金で『クルシメさん』とか『恋する幼虫』を撮りました。

──初めて劇場公開された長編作品はなんですか?

井口:単独での長編だと楳図かずお先生原作の『猫目小僧』ですかね。その頃は商業作品だと『ケータイ刑事シリーズ』とかの深夜ドラマをよくやっていました。その後、永井豪先生原作の『おいら女蛮』という作品を撮ったのですが、それが亜紗美さんとの初めての仕事でもあり、初めてアクションに力を入れた作品でもあるので、その後の『片腕マシンガール』に繋がったといえるかもしれませんね。

行き場のない人を描きたい

──『封印映画フェス』は平日昼間に5日間開催したのですが、毎日自分の過去作品を観て、なにか思うことはありましたか?

井口:ジャンルは違っていても、やってることは一貫してるなと思いましたね。谷崎潤一郎的な「弱い男が強い女に翻弄される」みたいな要素があったりして。

──監督の作品はバイオレンスな部分が切り取られがちですけど、一方的な暴力で終わることはあまりないですよね。

井口:そうですね。たしかに暴力的なシーンはありますが、不可抗力で巻き込まれてしまう設定が多いと思います。主人公の孤独感から生まれる葛藤や行き場のない人を描くのが好きかもしれないですね。

──先日、井口監督との会話の中で2019年の話題作『JOKER』についての話になった際、監督はあまり肯定的ではないような印象を受けました。あの作品も「主人公の孤独」は大きなテーマの一つだと思うんですが、それはなにが違うと感じましたか?

井口:スコセッシの撮るような「抑圧された人間性が爆発する」という内容の映画は本当に好きなので、「ごちそうが詰まった映画」というイメージで観たのですが、いざ食べてみると「あれ? 自分の食べたい味とはちょっと違ったぞ」という感想でしたね。最も違和感を覚えたのが「主人公はそもそもお笑いを本気でやりたいと思っているのか?」という点で、うまくいかない孤独感から徐々に狂っていくというよりは、最初からかなりの狂気を持っていたように思えましたね。

──確かにそういった面はあるかもしれませんね。

井口:『JOKER』は悲壮感を無理に出そうとしてますよね。『キング・オブ・コメディ』のパンプキンは基本的にニコニコしてるけど、家に帰ったら壁に笑顔の観客の写真が貼ってあって、その前でネタをやっている…っていうほうがよっぽど闇が深い感じがします。あと一番腑に落ちなかったのは、簡単にコメディアンの夢を捨てて人を殺す方向に走ってしまったことですかね。パンプキンの方が最後までお笑いを全うしようとしているところが好きですかね。

脱ギャグ宣言?

──『封印映画フェス』の後で、「自分の心の中に奇妙な危惧感と飢餓感がずっとあって、それを伝えたいんだけど言葉にできないから映画として撮る」とツイートされてましたね。

井口:全部を喋れていたらそもそも映画は撮っていなかったなと思うんですよね。商業作品の場合、一般層に向けてのアプローチを第一に考えつつも監督の趣向がところどころはみ出てくるものだと思うのですが、今回上映したインディーズ作品に関してはそれが如実で、自分の分身を観ているような感覚になりました。

──最近の映画作品に対してなにか思うことはありますか?

井口:今は生まれた時からカメラも編集するツールもあるような時代なので、その世代感を感じますね。8mmカメラは3分半のフィルムが千円ぐらいするので、録画ボタンが中にハマって、「やばいやばい! 早く止めなきゃ!」みたいな事態になったりしてたんですが(笑)。

──今はとりあえず撮って、ダメでも編集である程度修正できますもんね。

井口:その分、自分からすると不思議な物足りなさも感じます。昔の8mm映画はフィルムについたホコリまで映っちゃうので、編集している人の部屋がいかに汚いかというところまでわかるんですよ。タイトルバックをマジックで手書きして、張り付けた壁に思いっきりセロハンテープが映ってたりして(笑)。今の時代はそういう人間臭さが失われて、PVみたいな映画が増えている気がしますね。僕は青春映画でありがちな、制服の子が自転車に二人乗りしたり、海岸で戯れているシーンは絶対撮らないようにしよう、と心に決めていたのですが、『惡の華』ではたまたま原作にそういう場面が多かったので、敢えて全部撮ってみたところ、かなり上手に撮れまして(笑)。脱ギャグ宣言じゃないですけど、今後は、「こういうのも撮れますよ」というところも押し出していきたいです。

女性にこそ観てほしい!

──『封印映画フェス』で久々に日の目を浴びた『魔悪子が来る!』ですが、これは同じENBUゼミナール作品の『カメラを止めるな!』よりも早い「低予算ゾンビムービー」だと仰ってましたよね。

井口:ちょっと時代が早すぎましたね(笑)。当時ENBUで講師をやっていたんですが、卒業制作で、「他の作品では絶対主人公にならない子を主人公にしよう」と思い、「罰ゲームで来てるんじゃないか」ってくらい無表情で棒読みの子を主演に『魔太郎が来る!』みたいな作品を撮ることにしたんです。芝居の上手い下手じゃなくて、映像向きの顔を持っている人をメインに使ってあげたいなと思ったんですが、本人は無自覚だったと思います(笑)。

──『おばあちゃんキス』の主人公の方もそのタイプですよね。

井口:そうですね。当時、映画監督が、「そんな無茶な!」と思うような映画を撮る、というオムニバス映画の企画があったんですが、そこで僕が出したのが、「おばあちゃんによるレズビアン映画」というものだったんです。なかなか主人公の役をやってくれそうなおばあちゃんが見つからず、クランクイン一週間前にエキストラ派遣会社の方から、「演技はできないけど、こんなおばあちゃんどうですか?」と紹介された方が、「やっと会えたね」って言いたくなるぐらいビビっと来まして。顔合わせの際、「おばあちゃん同士でキスすることになるんですが、大丈夫ですか?」と聞いたら、「あの戦争の辛さに比べたら、キスくらいなんでもないです」と答えられて、この映画はイケる! と確信しましたね。

──どちらもこの度1月21日に開催される「封印映画フェス ガールズspecial」で再度上映される予定ですよね。

井口:この二本以外にも封印映画はたくさんあるので、一気に供養したいですね。あと最近は徐々に女性の方も僕の作品を観てくれるようになったので、この機会に女性にもお越しいただきたいです。

──そういえば先日の『封印映画フェス』には『惡の華』主演の玉城ティナさんも観に来ていましたよね。

井口:ありがたかったですね。まさか『変態団』を玉城ティナさんと一緒に観るような時代が訪れるとは思いませんでした(笑)。

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