上司に「それ、パワハラです!」はNG、「パワハラを受けた」と感じたらどうする?

今年6月、パワハラ防止法(改正労働施策総合推進法)が施行されます。法律では、パワハラを定義づけし、企業にパワハラを予防・防止するための措置を企業に義務づけました。

ここ数年、各界のパワハラ問題が大きく報じられるようになりましたが、パワハラは働く人すべてに関係します。2020年はさらに、大きなトピックになることはまちがいなさそうです。

そこで、シニア産業カウンセラーでハラスメント防止コンサルタントの和田隆さんに、パワハラ防止法の意義とパワハラをなくす方法について伺いました。


――パワハラ防止法をどう評価していますか?

和田(以下同):パワハラ防止法には罰則規定がなく、実効性がうすいという声があがっています。しかし、企業がなんの対策もせず、パワハラが起こると行政指導の対象になることもあれば、法的責任を問われる可能性も出てきます。そうなればブラック企業と認定されたようなもの。不祥事として表に出てしまいますので、企業ダメージとしては相当大きい。

中小企業は2022年4月まで猶予期間がありますが、研修などの機会が設けられていくはずで、経営者から労働者までパワハラに対する意識が上がる。みんなでパワハラをしない、受けない、パワハラのない職場づくりを考えていこうというのが、パワハラ防止法の意図だと考えています。

――でも正直、実効性があるのか疑問です。

パワハラ防止法によって、教育体制だけでなく相談の場も構築されていきます。そして、相談に対しては適切に対処をし、相談によって解雇その他不利益な取扱いをしてはならないと明確に示しました。

じつは、厚生労働省が行ったパワハラの実態調査を見ると、パワハラを受けたと感じた人の多くが、「何もしない」あるいは、「会社とは関係のないところに相談した」と回答しているんです。多くの人が組織はパワハラ問題を解決できないと諦めてしまっているのが現状なんです。

――みんな、会社に期待をしていないってことですよね。

そうです。社内に相談をすると異動させられるとか、評価が下がるとか、不利益を被るのではないかと、むしろ、怖れを抱いている。これまで、被害を受けたと感じても、自分が被害者であることを変える行動をほとんどの人が取れていなかったわけです。ここに大きな問題があったわけですが、パワハラ防止法はそこに手を打った。

相談をした被害者だけでなく、相談対応をした人に対しても、不利益を与えてはいけないとも書かれています。もう相談することに対して恐れを抱かなくていいし、諦めなくていい。これは是非、すべての方に知っておいてもらいたいです。

――「パワハラです!」の声をあげやすくなった、ということですね。

ただ、パワハラ防止法によってパワハラが減るわけではないですし、「パワハラです!」と言っても本質的な問題が解決するとは限りません。

――ダメじゃないですか。どうしてですか?

先ほど紹介したパワハラの実態調査では、過去3年間のパワハラの経験について聞いています。平成28年は、「パワハラを受けたことがある」と答えた人は32.5%でした。3人に1人がパワハラを受けているということになるわけですが、さすがに「パワーハラスメント」と認定されるような不当行為がここまで多いとは考えにくい。

――ブラック企業だらけということになりますね。

そう考えると、アンケート結果は「パワハラを受けたことがある」と“感じた”ということ。必ずしも事実ではなく、労働者の評価なんです。

つまり、上司と部下の関係において困っている状況があるということ。たとえば、上司から指示を受けた仕事がうまくできない。それにとても悩み・困っている。それなのに、何度も何度も上司から急かされる。その苦しい状況が「パワハラ」という言葉で表現される。そういうシチュエーションが相当、増えているのではないかと思います。

――確かに。

もちろん、この調査の回答の中には、人格否定や暴力など明らかなパワハラ被害もあるでしょうし、それは許されるものではありません。が、こうした行為はパワハラ防止法によって減っていくはずです。

しかし、「パワハラ」という言葉は、職場の多様な問題の集合体になっていて、極めて抽象的な言葉になっているんですね。「指示が曖昧」「目標が高い」「つらい」「返事をしてくれない」「結果を出せず悔しい」など、いろいろな思いが噴出して、「それはパワハラです!」といった訴えで現れるわけです。しかし、「パワハラ」という言葉を使うことで、事実認定にばかり注目が集まってしまう。パワハラかそうでないかの判断をしたところで、もともとあった問題は解決されないんです。

――なるほど。

むしろ、事実だけを見て、「それはパワハラではない」と決めつけたら、部下の考えや気持ち、欲求など、それらすべてを、事実とともに否定したことになります。部下は全面否定された気持ちになってしまいますよね。

――がっかりですし、腹立たしい気持ちになります。

自分のことを全否定する相手に対して、「はい、わかりました」と指示に従うことはありませんから、上司との関係性はもっと悪化します。関係性も悪ければ、パワハラと感じやすくもなる。関係性がどんどん悪くなっていく中で、どうやったらパワハラと認められるのかと一生懸命考え、上司を挑発することもあるかもしれません。

「それ、パワハラです!」という言葉は、部下にとって職務権限というパワーを持っている上司に対抗するために、自らをパワーアップするために発せられる言葉なんですよ。

――パワハラが抽象的な言葉だからこそ、その認定も難しくなるわけですね。

パワハラの認定については、今回の法律で、職場におけるパワーハラスメントを(1)優越的な関係を背景とした言動 (2)業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより (3)その雇用する労働者の就業環境が害されること(身体的若しくは精神的な苦痛を与えること)の3つの要件をすべて満すものと定義しました。

とくに重要になるのは(2)の行き過ぎた言動があったかどうかの事実の確認で、どのような行為がパワハラなのかを本人に確認するわけですが、その事実だけで判断することはできません。

また、厚生労働省は、職場のパワハラの典型的な事例を、(1)身体的な攻撃 (2)精神的な攻撃 (3)人間関係からの切り離し (4)過大な要求 (5)過小な要求 (6)個の侵害 という6類型に整理していますが、簡単に黒か白か線引きできるものではないんですよ。

――法律と同時に、パワハラの具体例を示した指針案が公表されましたが、「殴打や足蹴りはパワハラ」、「誤ってぶつかる、物をぶつけてしまうのはパワハラではない」とか、そりゃそうだろうという内容でした。また、「記載されているもの以外はパワハラにあたらないと、企業が判断しかねない」といった批判もありました。

パワハラかどうかは、関係性や背景、動機、いつ・どこで・どんなふうに行われたのか、継続的なものなのか、すべてを勘案して判断するものですし、職種によっても変わることがあります。

消防など命の危険にさらされることもある仕事では、危険回避のために大声で「ばかやろう」と怒鳴ることもあるでしょう。医療現場などでは、緊急事態において過度な要求がされることもあるでしょう。それがパワハラにあたるかといったら、違いますよね。

なにがパワハラなのか、そもそも一言で表現できるものではなく、指針で示すには限界があります。職場ごとに線引きをすることが大切だと思います。

――実際のカウンセリングの現場で、多いパワハラって何ですか?

6類型でいうと、精神的な攻撃と過大な要求ですね。精神的な攻撃は、部下が成果をあげられない、ミスばかりをする、態度が悪いという状況に対して、上司が苛立って暴言を吐いたり、無視をするといったものです。特に、暴言が多く、感情的になってしまい、行き過ぎてしまうというケースがほとんどです。

パワハラの行為者、上司のヒアリングをすると、「あなたは、こんなことされても怒りませんか?」「普通、そんなことをされたら耐えられないでしょう」と言われることがあります。上司も自分の怒りの正当性を理解してもらいたいんですね。人間関係において、10対0でどちらか一方が悪いということは、そうそうありませんから。

――過大な要求はどのようなものでしょう?

会社や上司からすると妥当な目標値なのだけれど、部下にしてみると、やっと目標達成したのに、頑張れば頑張るほど目標が上がっていくことがつらく感じてしまう。自分は期待されている、伸び代があるからだと、とらえる人は必ずしも多くないんです。

――上司からの期待がパワハラと受け止められるのは不幸ですね。

「身体的な攻撃」の暴行や傷害は刑法、脅迫や暴言などの「精神的な攻撃」は刑法や民法の問題であり、パワハラ防止法によって減っていくでしょう。しかし、残りの4つ――「人間関係からの切り離し」「過大な要求」「過小な要求」「個の侵害」というのは、本質的にはコミュニケーションとマネジメントの問題なんです。

上司のマネジメントが適切ではない、あるいは、部下と上司のコミュニケーションがうまくいっていない。そこに気づいて手当をしなくては、そもそもの問題は解決しません。明らかなパワハラはなくても、ギクシャクした人間関係から生じるパワハラ未満の行為が蔓延していたら、働きやすい職場とはとても言えません。

――会社に行きたくなくなります。

安全管理には「ヒヤリ・ハット」が大切だと言われます。小さな過失や問題を共有し分析していくことが、重大災害をなくすことにつながるという考え方です。パワハラ防止に対しても、部下が不快・不満に感じている感情に対応することが「ヒヤリ・ハット」なんです。

私たち人間は感情の生きものですから、私たちの中に出てくる不快や不満という感情を受け止め、対応をしてあげれば、「許せない」という感情に変わることはありません。それが、パワハラをなくすためには必要です。

――パワハラは感情の問題だと。

理屈の問題だったら、解決は簡単なんですよ。厚生労働省のデータでも従業員向けの相談窓口で多い相談は、メンタルヘルスではなくパワハラがトップです。パワハラが職場でいちばんの問題になっているということは、パワハラが解決しにくい問題であるということ。なぜ、解決しにくいかというと気持ちの問題だから。そこに対応していくことが、パワハラをなくすことにつながります。

――法律ができてもパワハラはなくならない、とはそういう意味なんですね。

本来、法律というのは罰するためのものではなくて、生活が豊かになるためにあるはず。パワハラ防止法は健康で安心して働ける職場づくりのためのものであり、個人を尊重し、多様性を受け入れるダイバーシティとか、本来的な職場になくてはならないものが実現できていなかったから、法律ができたわけです。

法律に縛られるのではなく、理想に向かって何かをしていけばいいのであって、アウトかセーフかではなく、それが適切なマネジメントなのか?それで部下がやる気になるのか?というパワハラとは反対の概念から考えなくてはいけない。

――パワハラとしてはセーフなのかもしれないけれど、やる気をなくす指導というのは確実にありますしね。

「これはパワハラになりますか?」「指導ですか?」と執拗に聞く人がいるんですよ。どうして、そんな、ギリギリのラインで部下と関わろうとするのか。そうではなく、部下がやる気になるような関わり方というのを考えていけば、まちがいなくパワハラの領域まで行きすぎることはなくなります。

まだまだ、「甘えは許されない」「鍛えてやろう」といった昭和的な価値観が残っている人は少なくありません。コミュニケーションに対して世代間の格差があるわけですが、自分の伝えた言葉が相手にどう伝わっているのかを意識することは大切ですよね。部下から「頑張ります!」という言葉を引き出すには、どう声をかけるのがいいのか?を考えれば、グレーゾーンからかなり離れるはずです。

※グラフ出典
平成28年 厚生労働省 『職場のパワーハラスメントに関する実態調査』

【プロフィール】
和田隆

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