「薬以外で元気になる」 第2部 模索する医師会 (1)気付き

SL「大樹」の乗員に手を振るけいさん(手前)。各地の鉄道に足を運ぶことが生きがいとなっている=2019年12月21日午後、東武下今市駅

 沿線から手を振る住民や鉄道ファンに笑顔で応じる。車内で配られた記念グッズに顔がほころんだ。駅のホームで別の電車を見ると「これ乗りたい」と夫にせがむ。2019年12月21日、東武鬼怒川線のSL「大樹(たいじゅ)」に、1組の夫婦が乗車していた。

 宇都宮市、緑川(みどりかわ)けいさん(70)は、SLや電車に乗るのが大好きな「乗り鉄」だ。夫の百人(ももと)さん(63)は鉄道撮影を好む「撮り鉄」で、2人は約20年前、SLを見に行った先で出会った。

 休日は全国各地を旅した。百人さんは「母ちゃんが乗って、私が撮って楽しんでた」と振り返る。

 日常が暗転したのは17年2月。けいさんが脳梗塞で倒れた。集中治療室での治療を経て一命は取り留めたが、当初は言葉がしゃべれず、起き上がることもできなかった。リハビリで車いすに乗れるようにはなったものの、右半身にまひが残る。気分は落ち込み「何もしたくない」と漏らすようになった。

 「母ちゃんを元気づけたい」。そんな一心でその年の秋、百人さんは自家用車を、車いすのまま乗ることができる福祉車両に買い替えた。SLに乗って旅先のグルメやお酒を味わう。倒れる以前の楽しみを、再び満喫できるようになった。

 百人さんの狙いは当たった。「すごく前向きになってくれた」。けいさんが倒れて搬送された病院へあいさつに行くと、リハビリ担当者が「こんなに元気になって」と目を丸くした。

 けいさんは自身の状態を「まだまだ」とリハビリに精を出す。百人さんは「求める理想が高い。次はどこに行こうという楽しみがあるから」と目を細める。

 けいさんの主治医の村井邦彦(むらいくにひこ)さん(49)は、そんな夫婦の姿を見て改めて気付く。

 「薬以外でも元気になる人はいる。何か目的やテーマを持っている人は強い」

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 社会的なつながりが「健康」を大きく左右することがある。

 けいさんにSLがあるように、ある人には絵画サークルが、別の人にはラジオ体操のグループが…。

 孤立や貧困など健康を脅かす「健康の社会的決定要因(Social Determinants of Health=SDH)」に医療従事者が気付き、必要な社会資源につなぐ。「社会的処方」と呼ばれる仕組みが注目されつつある。

 目標とするのは、当事者がより自分らしく、豊かに暮らすことだ。趣味やボランティアのほか、時には経済的な支援制度に橋渡しすることもある。

 英国で始まった「社会的処方」。06年に保健省の白書に言及され、普及が進んでいる。日本でも各地の医療機関や地域で、SDHに着目して支援に結び付ける取り組みが始まっている。

 社会的処方が人と人とを結び、地域のつながりを強めていく。「社会的処方はまちづくり」。こんな指摘もある。

 実践には課題もある。医療従事者と、サービスの提供者となる地域との連携なしでは成り立たない。両者をつなぐ役割の担い手も求められる。

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 宇都宮市医師会の「在宅医療・社会支援部」。発足から半年がたった。SDHに着目し、社会的処方の普及を目指す新組織だ。

 19年最後となり、忘年会も兼ねて、医師会館から居酒屋に会場を移して開かれた第6回部会。乾杯後、ビールを飲みながらも、参加した6人の医師を中心に、なお議論は続いた。

 この日の議題の一つ、SDHに気付くための医療機関向け問診票。事務局が示した案に次々とアイデアが出される。

 「使いこなすための医師向けのアクションが必要ではないか」

 「とりあえずやってみて実践から課題を直すほうがいい」

 「これぐらいなら負担なくやっていける」

 これまで月1回のペースで部会を開いている。深夜に及ぶこともあった。一歩ずつ歩みを進めている。

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 社会的処方を推進する宇都宮市医師会の「在宅医療・社会支援部」。全国の医師会ではまだ例がない。社会的処方とは何か。医師たちの葛藤や思いを追い、探った。

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