患者の人生と向き合う  第2部 模索する医師会 (2)原点

患者に話し掛ける村井さん。訪問先では患者の思いや生活環境にも目をやり、投薬などの方針を決める=2019年12月5日午後、宇都宮市内

 夕闇が帰宅を急ぐ車列に迫る。宇都宮市にある村井クリニックの院長村井邦彦(むらいくにひこ)さん(49)は渋滞に巻き込まれながら、同市内の民家を訪れた。先月上旬、この日9件目となる訪問診療のためだった。

 「やりたいことありますか」。ベッドに横たわる80代男性患者の耳元で尋ねる。男性はスポーツが好きで、かつては野球やテニスなどに打ち込んだ。「車いすで散歩したい」「おいしいものを食べさせたい」。家族も交えて人生をたどり、診療方針を固めていく。

 「その人がある程度満足して人生を終えられる大事なエッセンスを、ちゃんと持たせてあげられるかを考える。医療じゃないかもしれないけど、重要な要素」

 介護する側への目配せも欠かさない。村井さんは「家族もわれわれの守備範囲」と断言する。

   ◇    ◇

 医療従事者が貧困や孤立など患者の抱える「健康の社会的決定要因(SDH)」に着目し、必要な社会資源へとつなぐ「社会的処方」。村井さんは社会的処方を推進する同市医師会の「在宅医療・社会支援部」で部長を務める。

 原点は在宅医療だった。

 約18年前に東京都内の大学病院で勤務していた頃、訪問診療のアルバイトを引き受けた。入居金だけで数千万円する老人ホームで過ごす人、築数十年の自宅で「盗まれるものは何もない」と鍵も掛けずに生活する人。多様な暮らしや考え方に触れた。

 「それぞれが自分のストーリーに沿った生活をし、人生プランもさまざま。だからこそ、医療の提供の仕方が画一的でいいはずがない」。病院内では得られなかった気付きがあった。

 2010年、宇都宮市内の自身の診療所で訪問診療を始めた。個々の人生と向き合うことで、患者の社会的な背景に自然と注目するようになった。課題を解決する具体的な仕組みづくりの必要性も感じていた。

 2年ほど前、社会的処方という仕組みを知った。「経験として感じていたことが言語化された」ことが、社会支援部設立のきっかけの一つとなった。

   ◇    ◇

 国立病院機構栃木医療センターの医師千嶋巌(ちしまいわお)さん(39)は、数年前の夏の出来事をよく覚えている。

 救急車への対応をしていたところ、男性が搬送されてきた。飢餓と脱水の症状を起こしていた。

 男性はかつて生活保護を受けていた。働き出して自立したが、ささいな体調不良をきっかけに仕事を休みがちになった。収入も途絶え家賃を払えなくなり、食料も底をついた。数週間前からは水道水しか口にしていなかったという。

 点滴を受けながら経緯を話す男性を前に、疑問が生じてきた。

 これは本当に病気なのだろうか。点滴で栄養状態を良くしても、根本の解決にはならないはずだ。

 一時的な処置しかできない自分が歯がゆかった。同じ時期、似た事例は他にもあった。

 「医療だけでは本質的な問題には太刀打ちできない。医療はあまりに無力だ」

 葛藤する中、ある記事が目に留まった。

© 株式会社下野新聞社