心との関連、背景に着目 第2部 模索する医師会 (3)確信

全職種による症例検討会で、意見を交わす関口さん(中央)=2019年12月4日午後、宇都宮協立診療所

 患者を診察する日々。そこに、どうしようもない無力感が横たわっていた。社会という川の上流からさまざまな問題が押し寄せてくる。まるで下流で石拾いをしている感覚だった。健康を損ねる前段階が必ずあり、医学ではその「何か」を食い止められない。

 国立病院機構栃木医療センターの医師千嶋巌(ちしまいわお)さん(39)は、医療の限界に悩んでいた。偶然手にした対談記事に目を奪われたのは、2017年3月。千葉大予防医学センターの近藤克則(こんどうかつのり)教授らが健康格差と対策について論じていた。

 近藤教授の著書をむさぼるように読んだ。貧困や孤立など健康を脅かす「健康の社会的決定要因(SDH)」という概念があることや、困難を抱える人を社会資源につなぐ「社会的処方」が海外で実践されていること、健康格差対策に取り組む医療者らがいて学問体系になっていること-。感じていた葛藤に答えを与えられたような気がした。

 それからだ。「病気という側面だけでなく、心と疾患の関連や、疾患の奥にある社会背景など患者を診る視点が増えた」

 医師になって13年。自身の進むべき道が見えてきた。宇都宮市医師会の「在宅医療・社会支援部」に加わり、「研究機関と現場がつながることも大切」と、近藤教授のいる同大大学院へこの春の進学も決めた。

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 宇都宮協立診療所の会議室で、医師の関口真紀(せきぐちまさのり)さん(64)が報告に耳を傾ける。医師や看護師、薬剤師、理学療法士、事務員-。職員約30人が顔をそろえた。19年12月4日午後、週1回の全職種による症例検討会が始まった。

 「この患者は1人暮らしです」「家族関係があまり良好とは言えません」

 気になる患者について、病状だけでなく暮らしぶりや来院時の様子、通院手段など、各職種が気付いたことを報告する。全職種で行うのはより詳しく患者を知るためだ。「患者の背景が分からなければ、適切な医療ができない」と関口さんは言う。

 診療所にはメディカルソーシャルワーカーもいる。経済的な問題があれば無料低額診療をはじめ、生活保護など各制度の利用を検討する。そればかりか、住まい探しを手伝うこともある。

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 関口さんも社会支援部のメンバーの一人。学生運動や学生自治会が盛んな時代に千葉大医学部で学び、公害訴訟でぜんそくに苦しむ住民側に寄り添った経験や、先輩、恩師の影響で常に「どんな医者になるのか」と考えさせられた。

 卒業後選んだのは、医療に恵まれない人たちの要求に応えようと戦後立ち上げられた全日本民主医療機関連合会(民医連)に加盟する病院。当時から患者に向き合い、患者に合った治療や支援をするのは、当たり前のことだった。 

 「医者なら患者の背景を見ることは重要だと誰もが思っている。しかし、見ようとはしない」。それはなぜか。「背景を知ったとしても対処する方法がなかったからだ」

 今、SDHや社会的処方が注目されつつあるのを肌で感じているという。「流れが変わってきた」。関口さんはそう手応えを口にする。

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