体育館の一角を埋めた1年生約270人が、学校医の話に耳を傾ける。
「たばこを吸わないことやバランスの良い食事などで、がんになるリスクを減らすことができます」
冷え込みが少しずつ増してきた日の午後、イラストや図表、グラフが次々に映し出されるスライドに視線が集中した。2019年12月12日、宇都宮市陽東中で行われた「がん教育」の光景だ。
がん教育は新学習指導要領に盛り込まれ、中学校では21年度から実施される。
宇都宮市医師会はこれに先駆けた取り組みを市教委に働き掛けていた。19年度は初の“授業”となったこの1回だけだが、20年度以降は対象校の拡大を視野に入れる。
「子どもたちへの健康教育は早いほうがいい。小学生では遅いぐらいだ」。市医師会長の片山辰郎(かたやまたつろう)さん(62)は、がん教育を足掛かりに健康教育の充実を目指す。
予防することの大切さを強調する市医師会のがん教育は、正しい知識と健康的な生活習慣が、がんのリスクを減らすことができると訴える。
重要なのは、疾病の上流部にある要因に切り込むこと。市医師会の「在宅医療・社会支援部」が推進する「社会的処方」の一つの形だ。
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非政府組織(NGO)「ペシャワール会」現地代表で医師の中村哲(なかむらてつ)さん(73)が19年12月4日、戦乱の続くアフガニスタンで凶弾に倒れた。
「100の診療所より1本の用水路」。医療活動の一方、井戸を掘り用水路を建設した。荒れた土地を潤し、約60万人が恩恵を受けたという。
「医療は無駄とはいわないが、背景にあるものを絶たないと、病気は減らないし、悲劇は減らない」。テレビのインタビューで中村さんは応えた。
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「目指すのは健康格差の是正。そして『健康都市・宇都宮』を築くことだ」
宇都宮市の郊外。住宅街の中にある診療所は休診日で静まり返っていた。普段とは様相の異なる診察室で片山さんは「時間はかかるかもしれないが」と前置きした上で、社会支援部が描くビジョンをこう述べた。
そのための手法が社会的処方であり、健康教育であると、力を込める。これまで健康を損ねて苦しむ人や家族を目の当たりにしてきた。そうした経験から、究極の目標は「病気になる人を減らす」ことだと言う。
さらにもうひとつ。膨れ上がる社会保障費の問題を背景にした狙いを語る。「病気になる人を減らすことで医療費を抑制したい」。高齢化などで、18年度の医療費は概算で42兆6千億円に上った。40年度は66兆円を超えるという試算もある。
増加の一途をたどれば、現行の医療保険制度は存続が危ぶまれ、やがて「崩壊する」。片山さんは危機感を抱いている。