中国「学力世界一」の裏側にあるもの 行き過ぎた競争主義のひずみ、子どもに【世界から】

中国湖北省武漢の競技施設で、美術大の入試に臨む受験生。厳しい競争社会は芸術分野にも及んでいる(ロイター=共同)

 2019年末、15歳の「読解力」「数学的応用力」「科学的応用力」の3分野を測定した経済協力開発機構(OECD)の学習到達度調査(PISA)の結果が発表された。日本では読解力が前回15年調査の8位から15位に後退したことが話題になった。

 一方、世界から注目を集めたのが中国。3分野全てで断トツの1位を占めたのだ。中国の教育に関しては、「猛烈な詰め込み教育」と「激烈な受験戦争」というイメージが広く知られているが、具体的な事例やその背景などは国外からは見えにくい。そこで、PISA1位がどのようにして実現されたのか、現地の小中高校の様子を中心に北京からリポートしたい。

 ▽周到に準備

 教育について論じる前に、PISA1位の実現に貢献した二つの技術的な要因について触れておきたい。

 一つは、テストに参加するエリアの選定だ。これによって順位はいとも簡単に動く。今回は、社会発展が最も進んでいる北京市と上海市、江蘇省、浙江省という4地域が〝注意深く〟選ばれた。この点に関しては、中国教育省も「わが国の地域発展は不均衡で、決して31省で1位を取れるわけではない」と認めている。実際、浙江省ではなく広東省が参加した15年の調査は総合順位が10位に下落したため、同省は今回の対象から外されている。

 もう一つは、入念な準備だ。後述するように、中国は「科挙」というエリート選別のための過酷な筆記試験を約1300年にわたって経験してきた。そんな土地柄だけあって、中国人が試験準備に費やす執念はわれわれ日本人の想像を絶するものがある。高得点のためには一切の犠牲を顧みず模擬テストを繰り返し入念に準備する「文化」は、他国には無い特筆すべきことだろう。

PISA 平均得点の国際比較

 ▽置き去りにされる「人間性の育成」

 そんな中国の教育とは何か? 筆者がたどり着いた結論は、次のようなものだ。

 「人間性の育成」という教育的プロセスより、点数を取らせて合格という結果をだすための組織で、限りなく「予備校」的である―。

 予備校同様に得点力がしっかり身につくのは長所だが、それ以外のことについては一切顧みられない傾向がある。つまり、教育システム全体が受験という競争を勝ち抜くためのシステムになっているのだ。

 その背景には、約14億人と世界最多の人口を抱える中国ならではの事情がある。一人一人を大切にするという発想は乏しく、自ら実力を証明した「強者」だけが認められるのを当然とする、競争主義が深く根付いているのだ。この競争主義に、教育現場も支配されている。

 例えば、教師の人事評価とそれに伴う昇給は、自身が担当するクラスのテストの平均点と直結している。この「出来高・責任制」とも言える体制の中で頑張る熱心な良い先生もいる。その一方で、他教師との競争に勝とうとする余り、生徒に勉強を強制するほか、点数の悪い生徒に圧力をかけて転校させる極端なケースも起きるなどのひずみも生んでいる。

 激烈な競争原理は、生徒間にも適用される。中学や高校の中には、予備校さながらにテストの成績をトップからビリまで公表するだけでなく、成績順に座らせる学校もあるという。近年はプライバシーや心理面での考慮の必要性からさすがにランキングの公表は禁止されるようになった。とはいえ、中国の教育現場における長年の常識だったことに違いはない。

中国の全国一斉の大学入試で、会場の外で受験生を待つ親たち。必死さが伝わってくる=17年6月、北京(共同)

 ▽「力ずく」の教育、犠牲になるのは子ども

 中国教育の伝統的スタイルを端的に表現すると、反復と量を重視する学習、そして、大量の模擬テストを課すということになる。小学校低学年のころから、国語と算数の授業で教科書を使うのは全体の4分の3程度。残りは、テストに慣れさせて得点率を高めることに費やされる。このため、テスト前1カ月はほぼ期末テスト対策の演習だけを行う。

 筆者もテストで間違った問題と答えを覚えるまで何度もノートに書き写させる「力ずく」の宿題にあえぐ幼い小学生を見て、あぜんとした記憶がある。九九を覚えるかのように、円周率の計算を丸暗記させることも珍しくない。子供は詰め込めば入ってしまうし、点数も上がる。だが、果たしてこれでいいのだろうか。

 中学・高校では受験の半年以上前から、授業が受験を想定した模試中心になる。そのため、海外の高校へ留学が決まった知人は担任から受験生の邪魔になるだけなので登校しないよう言われ、中学3年の後期学期の多くを自宅待機で過ごしたという。ここにも予備校化している中学の実態が伺える。

 反復と量的学習を柱とする中国。当然ながら、学生の勉強時間は長くなる。小学校と中学校の在校時間は国の規定ではそれぞれ6時間、8時間だが、実際は8・1時間と11時間に及ぶという。(「中国青少年研究中心」の2005~15年調査による)

 筆者が周囲の人々を取材した結果も、これとほぼ一致する。また、中高生は帰宅後も大量の宿題に追われ、就寝は午後11時過ぎとなり、週末に塾通いする子も少なくない。

 その結果、削られるのは自由時間と睡眠時間だ。7割の中学生の睡眠時間が7時間以下というデータもある。中高生の子どもを持つ親の中には、登下校時の車で取る仮眠が貴重な睡眠時間になっていると嘆く声も少なくない。学生の負担削減策は実施されている。しかし、競争自体は依然存在するため、現場ではなかなか浸透しない。

 もちろん、成果はある。学習進捗(しんちょく)度が速い影響で中国の15歳は他国に住む同学年の子どもより多くを学んでいる。例えば、英語。北京など都市部の中学3年生は日本の英検準2級以上のレベルで、日本より約2年以上は早いと聞く。また、数学も上海市は米国で最高レベルのマサチューセッツ州より2年半進んでいるという(アンドレス・シュライヒャーOECD教育・技術局次長)。

 こうしてPISA1位を達成した中国式教育だが、学校全体がテストの目先の点数向上に集約され、さながら予備校化、さらに言えば「テスト工場」化している点は致命的な問題といえる。このことで、子供たちが本来恩恵にあずかるべき教育の公平性や多様性、創造性、バランスの取れた全人格的成長、ひいては心身の健やかさなどが犠牲にされているのは火を見るよりも明らかだ。

中国で使われている英語の教科書。小学3年でこれを学んでいる

 ▽求められる新たな教育観

 中国の教育を近くで見続けていると、PISA1位を実現できた最大の要因は意外にもシンプルな力ずくの猛烈教育であることが実感できる。時代錯誤とも思えるこの猛烈教育を支えているのは、常に激しく変化する不安定な社会でほとんどの国民が感じている「(立身出世レースで)置いていかれないように」という焦慮と高度成長期の上昇志向の活力、加えて、社会全体に根を張る競争主義だ。これらが混ざり合ってものすごい教育熱の気流を生んでいる。

 しかし、教育を取り囲む環境を別の角度から考察すると課題が見えてくる。人工知能(AI)技術が飛躍的に発達した結果、丸暗記など機械的なことは機械に任せ、人間独自の知性や感性が求められるようになってきた。中国はPISAを極めたが、「ポストPISA」の教育観の創造こそが、より重要かつ待ったなしなのかもしれない。(北京在住ジャーナリスト、北京愛理=共同通信特約)

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