第五十七回「年の瀬になると無性に聴きたくなる藤圭子」

1年の終わり、年末になると、やたらと藤圭子を聴きたくなるのはどうしてなのでしょう? 忘年会で新宿に行くことが多いからなのでしょうか? よくわからないのですが、とにかく年末は、藤圭子を、じゃんじゃか聴きたくなるのです。

しかし、年が明けたら、藤圭子はパッタリと聴きません。むしろ、聴きたいとは思わなくなっています。新年早々、藤圭子は「どうもなぁ」といった感じになっています。

1年というのは、長いようで短いけれど、やっぱり長いもので、その間に、人生の垢がどんどん積もっていきます。しがらみ、借金、身体の疲れなど、逃れたいけれど逃れられないことばかりです。でもって年末になると、「ああ、今年も1年、どうしようもなかったなぁ」と悔恨のワルツが響き始めます。そんな時、藤圭子を聴くと、「でも、しょうがないでしょう、それがアンタの人生なんだから」と、すべてを肯定してくれる気になってくるのです。

さらに、あの、少ししゃがれた声が、身体に響いてきて、自身にまとわりついた人生の垢をブルブル震わせて、超音波清浄みたいな感じで落としてくれるのです。

藤圭子の唄は、がんばれソングとか、君なら大丈夫ソングではありません。むしろ、おいおい大丈夫なのか?ソングが多いです。けれども、ありのままを否定しない、その感じがたまらないのです。

なにはともあれ、年末に聴くのが最高の藤圭子。しかし、これを読んでいる方は、もう新年を迎えているかもしれないので、ぜひとも、これからの1年、春、夏、秋と人生の垢をため込んで、年末になったら藤圭子を聴いてみてください。むしろ、1年の間に嫌なことがあっても、年末になれば、藤圭子がいると思えば大丈夫です。

藤圭子のアルバムはいろいろあるけれど、今回は、『ゴールデン☆ベスト 藤圭子ヒット&カバーコレクション 艶歌と縁歌』を紹介したい。それにしても、この題名の長さはなんなのでしょう? でも長いだけあって、曲もたくさん入っています。2枚組で、1枚目は自身の曲、2枚目はカバー曲集で、「アカシアの雨がやむとき」とか「港町ブルース」など最高です。

なにはともあれ、1年の総決算には藤圭子。また沢木耕太郎さんが若き日に、若き藤圭子をインタビューした『流星ひとつ』という本も最高なので、これもぜひ読んでみてください。最後は、きっと涙が止まらなくなるはずです。

戌井昭人(いぬいあきと)

1971年東京生まれ。作家。パフォーマンス集団「鉄割アルバトロスケット」で脚本担当。2008年『鮒のためいき』で小説家としてデビュー。2009年『まずいスープ』、2011年『ぴんぞろ』、2012年『ひっ』、2013年『すっぽん心中』、2014年『どろにやいと』が芥川賞候補になるがいずれも落選。『すっぽん心中』は川端康成賞になる。2016年には『のろい男 俳優・亀岡拓次』が第38回野間文芸新人賞を受賞。

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