タリバン支配下、少女は少年になった『生きのびるために』 アカデミー賞ノミネート作

『ブレッドウィナー』©2017 Breadwinner Canada Inc./Cartoon Saloon (Breadwinner) Limited/ Melusine Productions S.A.

カナダの児童文学作家×アイルランドの実力派アニメスタジオが贈る話題作

『ブレッドウィナー』のタイトルで2019年12月より劇場公開され、Netflixでは原作小説と同じタイトル『生きのびるために』で配信されているこの作品。2017年度のアカデミー賞長編アニメ映画賞にノミネートされ、国際アニメーション映画協会によるアニー賞では長編インディペンデント作品賞を受賞している話題作だ。

『ブレッドウィナー』©2017 Breadwinner Canada Inc./Cartoon Saloon (Breadwinner) Limited/ Melusine Productions S.A.

制作は『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』(2014年)の成功により、要注目のアニメスタジオとして世界に広く知られるようになったカートゥーン・サルーン。『ブレンダンとケルズの秘密』(2009年)の共同監督を務めたノラ・トゥーミーが単独で監督にクレジットされている。『生きのびるために(ブレッドウィナー)』は、これまでの2本で定評の高いファンタジックな映像美を提供しつつ、物語の内容は現代の社会問題に近づいて、ぐっとハードなものになっている。

『ブレッドウィナー』©2017 Breadwinner Canada Inc./Cartoon Saloon (Breadwinner) Limited/ Melusine Productions S.A.

カナダの児童文学作家デボラ・エリスによる原作は、日本でも2002年にさ・え・ら書房から翻訳が刊行されている。エリスは1997年と199年の二度にわたってパキスタンの難民キャンプを訪れ、タリバンの支配下にあったアフガニスタンについての聞き取り調査をおこなった。「生きのびるために」は、そこで難民の人々から聞いた話をもとにして書かれた作品だという。

日本はどうだ? 決して他人事とは言えない主人公パヴァーナの受難

『ブレッドウィナー』©2017 Breadwinner Canada Inc./Cartoon Saloon (Breadwinner) Limited/ Melusine Productions S.A.

舞台はアフガニスタンの首都カブール。少女パヴァーナは、かつて教師だった父、母、姉と弟と暮らしていた。父は戦争で片足を失っている。アフガニスタンでは、1996年頃から国の大部分がイスラム原理主義組織タリバンに支配され、女性の人権が徹底的に締め付られていた。彼らは女性の通学や就労を禁じ、男性同伴でなければ外出も認めなかった。タリバン兵に父親を連れ去られ、食糧もお金も底をつき追い詰められた一家のために、パヴァーナは少年のふりをして「ブレッドウィナー(一家の稼ぎ手)」となり、父を救い出そうとする。

『ブレッドウィナー』©2017 Breadwinner Canada Inc./Cartoon Saloon (Breadwinner) Limited/ Melusine Productions S.A.

パヴァーナは父親から読み書きを学び、物語を語るのが得意な少女だ。彼女がカブールの街に出て働き、父を助ける方法を探るのに並行して、小さな弟に語る物語が進む。少年が象の怪物に奪われた種を取り戻そうとする冒険譚だ。切り絵アニメーションで表現される物語の世界は、謎と魔法でいっぱいの絵本が動いているよう。あたたかさときらびやかさを併せ持つ美しい映像が楽しめる。

『ブレッドウィナー』©2017 Breadwinner Canada Inc./Cartoon Saloon (Breadwinner) Limited/ Melusine Productions S.A.

この映画でのパヴァーナの受難は、こんなひどいことがあっていいのか!? と驚愕する過酷さだが、これでイスラム教全般への否定的なイメージを強めてしまわないように注意したい。自分たちの考え方を押し付ける原理主義者は、イスラム教徒に限らずキリスト教徒だってこの世に大きな被害をもたらしている。また宗教だけでなく、“経済的効率性”を重視するあまり誰かを傷つけている人たちだって同じことだ。

『ブレッドウィナー』©2017 Breadwinner Canada Inc./Cartoon Saloon (Breadwinner) Limited/ Melusine Productions S.A.

はたして生きるために「無理ゲー」への参加を強いられているのは、程度の差こそあれ自分たちも同じではないのか? ここで描かれた「男性同伴でないと外出できない」(すなわち家族に男がいなければ飢えて死ぬしかない)という状況はいかにもとんでもないが、シングルマザーの貧困率が突出して高いという日本は、そこからどれだけ離れているのだろうか? そんなことも考えさせられた。

エグゼクティブ・プロデューサーを務めるのはアンジェリーナ・ジョリー

ここでは女性の窮状に加えて、男性もまた権力に翻弄される被害者だということも描かれている。パヴァーナをいじめる兵士も結局は駒として戦地に送られるだけの存在なのだ。この映画において、登場人物の運命をもてあそぶ戦争はまるで嵐や竜巻、天変地異のようなものとして表現され、一体どうしてそれが引き起こされたのかまでは、劇中では説明されない。

『ブレッドウィナー』©2017 Breadwinner Canada Inc./Cartoon Saloon (Breadwinner) Limited/ Melusine Productions S.A.

この映画はカナダ、アイルランド、ルクセンブルクの3カ国による共同制作だ。ミミ・ポーク・ギトリンとアンジェリーナ・ジョリーがエグゼクティブ・プロデューサーを務めている。そして、登場人物たちは英語でしゃべる。

そうした作品の成り立ちを思うと、たくさんの著名人から寄せられた称賛のコメントの中で、フォトジャーナリストの安田菜津紀さんの言葉はとりわけ重く胸に響いてくる。

「この映画をどうしても、一言で語ることができない。タリバンを利用してきた大国の姿を思わずにいられなかったからだ。ただ確実に言えるのは、翻弄されるのは常に、パヴァーナのような市井の人々であり続けていることだ」

『生きのびるために(ブレッドウィナー)』はNetflixにて配信中、2019年12月20日(金)より恵比寿ガーデンシネマほか全国順次公開

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