発達障害の特性を強みとして活かす、1000回開催されたワークショップ

サービス業などの人間相手の産業が主流となった現代の日本では、発達障害と診断される人の数が増えています。

発達障害の当事者であり、コミュニケーション力向上のためのワークショップを1000回以上開催してきた冠地情さんの初めての著書が今回発売されました。

その本「発達障害の人の会話力がぐんぐん伸びる アイスブレイク&ワークショップ」(講談社)には、発達障害の特性を強みとして活かすための技法が詰まっています。


複雑化する発達障害の定義

高度なコミュニケーションが求められるいまの日本がそうさせているのでしょうか。発達障害と診断されたり、自分のことを発達障害ではないかと考える人が、大変な勢いで増えています。

現在の分類では、発達障害には、ADHD(注意欠如・多動症)、ASD(自閉スペクトラム症)、LD(学習障害)の3種類があるとされていますが、この呼び名にしても、ASDの中にはアスペルガー症候群が含まれたり、Dのdisorderを「障害」と訳すか「症」と訳すかなど、さまざまに変遷を重ねています。

ADHDとASDの区別の付け方も一般の人には分かりにくく、発達障害をめぐる状況は、発達障害の人を対象とした発達障害ビジネスが活況になるのと比例して、混乱を増しているといってもいい状況です。

そんななか、発達障害の当事者のみならず、定型発達者(発達障害ではない人)にとっても大いに参考になる、コミュニケーション力を上げるワークショップの技法を説明した本が、発売になりました。

日本にはコミュ力を磨ける場が少ない

「発達障害の人の会話力がぐんぐん伸びる アイスブレイク&ワークショップ」(講談社)の著者である冠地情さんは、1972年生まれ。ADHDとアスペルガー症候群の混合型と診断されています。

10代、20代、30代のときに、1回ずつ、計8年間ひきこもりだったことがあるという冠地さんは、転職を重ねるうちに、自分の生きづらさをなんとかしたいと思うようになり、2009年に成人発達障害当事者会「イイトコサガシ」を立ち上げました。

同会が行なうコミュニケーション力の向上を目指すワークショップは、43都道府県で、計1000回以上開催されたとのことです。

同書は、冠地さんの文章や、ワークショップの内容を図解するページが、かなしろにゃんこ。さんのマンガに差し挟まれる形で構成されていて、とても読みやすいつくりになります。

かなしろにゃんこ。さんは発達障害の息子を持ちながら、どうやってその特性を向き合っていくかを描いた『漫画家ママの うちの子はADHD』(講談社)などの著書があり、発達障害への理解は折り紙つきです。

この本のなかで冠地さんは、現代の日本では誰もが大なり小なり生きづらさを抱えており、日本人にはコミュニケーションを磨く場所が必要とされているのだが、ちょっとズレたことを言うと叩かれてしまう日本では、ノーリスクでコミュニケーションを試せる場は意外とないのだと説明します。

こうして会話が苦手な人はますます社会経験が不足して生きづらくなるという悪循環をなんとかしたいという思いから生まれたのが、冠地さんのワークショップなのです。

この本には、緊張をほぐすためのワークショップである「アイスブレイク」と、より進んだ本格的なワークショップの内容がたくさん収録されているのですが、自分のニックネームの中の1文字から始まる自己紹介をとっさに考えるものであったり、自分に質問して自分で答えるインタビューを15秒ごとに何回も繰り返すとか、特に発達障害ではない人が参加しても、なかなか手応えがありそうだと思わせるものが、多く入っています。

こうやってワークショップで混乱するくらいの課題を与えることで、実際のコミュニケーションにおいても自信がつくとともに、コミュニケーションの基礎を構築することを、冠地さんは目指しているのだそうです。

社会適応ではなく社会活用を目指す

一方で、冠地さんは、とにかく他人に合わせたコミュニケーションをすることを目指しているわけではありません。

発達障害の人は他人と違ったことを思いつき、他人とは違った行動をするからこそ、時に世の中を変革するような功績も生み出すことができるような、そんな可能性も持っています。

冠地さんが考えているのは社会適応ではなく社会活用であり、「なりたい自分になるために、自分らしさで感情表現を試した時点で大成功!」と考えているとのこと。

以上は筆者が冠地さんからSNSのメッセージのやりとりで聞いたことですが、実際、冠地さんのSNSの発言ぶりを見ても、「私も皆さんを応援するから皆さんも私を応援してください!」とグイグイ来るので少々圧を感じるほどで、決して無難に他人に合わせようなどと思っていないことがわかります。

そういった自己主張の強さが、冠地さんが「イイトコサガシ」の活動を広げることができてきた原動力になっているのであって、やはり発達障害とは、ハンデであるだけではなく、強みでもあるのだと、まざまざと感じさせてくれるのが、冠地さんという人なのです。

2、3人で気軽に試せるワークショップもたくさん入っていますし、当事者も保護者も支援者も、読むだけで視点が広がりそうなこの本には、現代の生きづらさを打開する、いろいろなヒントが詰まっているのです。

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