パワハラ加害者の処分が甘くなりがちなのは? パワハラを組織内で解決する難しさ

企業にパワハラ防止対策を義務づける、パワハラ防止法の施行まであと半年。前回は、シニア産業カウンセラーでハラスメント防止コンサルタントの和田隆さんから、法制化により暴行や暴言など明らかにアウトな行為への効果は期待できても、“パワハラ未満”の行為の解決は法律では難しい、という説明をもらいました。

続く、後編はパワハラの被害にあったとき、相談されたときの対処法。パワハラをなくすために、なにより重要なのは、「感情」への対応でした。


相談できる場所が必ずある

———自分がパワハラを受けたとき、どう対処したらいいでしょうか?

和田(以下同):暴行はもちろん、人格否定や雇用不安を与えるとか、有休休暇をとらせてもらえないとか、明らかに行き過ぎていることがあったとき、被害者がとれる行動は2つしかありません。相手に止めるように主張するか、第三者に相談することです。

直接、上司に「やめてください」と言うことができればいいですが、自分より力のある人になかなかそれは言えないでしょうから、まずは職場のハラスメントの担当者に相談することが大切です。

———パワハラ防止法はその相談体制の整備を企業に義務づけたわけですね。

これまでは、パワハラ対策を行っていると言いながら、じつはできていないという企業も少なくありませんでした。しかし、それを法律が許さないという状況になりましたので、だいぶ変わってくると思います。

また、パワハラ防止法では事業主や労働者だけでなく、国の責務も明文化されました。国もパワハラ防止の啓発活動を行うと書いてあります。このメッセージは企業も無視できず、「このままじゃまずいぞ」となるはず。潮目は確実に変わるでしょうね。

―—「それでもやっぱり会社は信用できない!」と思う人もいるのでは?

パワハラ防止法では相談者が不利益を被ってはいけないとも規定していますので、「なんとなく信用できない」というのであれば、心配しないで相談してほしいと思います。

ただ、これまでに社員の相談内容が外に漏れたといった事実があるのなら、外部の相談窓口に相談するという方法もあります。厚生労働省は「あかるい職場応援団」というパワハラ防止の総合サイトを開設しています。そこに相談窓口が紹介されていて、自分がいま困っている問題はどこに相談すればいいのかがわかると思います。

————困っている問題に応じて、窓口があるんですね?

たとえば、適応障害になってしまったというのであれば、労災が絡む可能性があるから労働基準監督署とか、法律の問題が絡んでくるなら法テラスへ。どこに相談していいのかわからない場合は総合窓口への相談でもいいと思います。

あかるい職場応援団公式サイト

————相談窓口はいろいろあるんですね。

職場内にもパワハラ相談窓口だけでなく、コンプライアンス室や労働組合がある企業もあるでしょう。職場内外の相談資源は、確認しておくといいと思います。ハラスメントによって精神的なダメージを受けると、人は合理的に問題解決をするアプローチが取れなくなってしまいます。悩んでいる、被害を受けて悩んでいるときは、間違いなく問題解決能力が落ちています。それを上げるためには、人に相談するしかありません。

――相談するときに注意すべきことはありますか?

職場のハラスメント担当者は、決して、相談を受けるプロではありません。一方で、相談者は話しているうちに気持ちが高ぶって、自分で何を言っているのかわからなくなりがちです。その場で話すと思い出せないこともありますし、事実が伝わりにくい。思いのたけを担当者にぶつけて、肝心なことを伝えずに相談が終了してしまうことが少なくないのです。

それで、気持ちがラクになることもありますが、いちばん伝えなくてはならないことは事実です。事実が正確に伝わるように、相談にいく前にまとめておいたほうがいいでしょうね。いつ、どこで、どんな行為があったのか。紙にまとめて、相手に見せながら話したほうが、正確に伝わります。

――証拠もあったほうがいいですか?

1回目の相談で持参する必要はないかと思いますが、事実に対する証拠があるのであれば、提示したほうがいい。音声データなどは自分の身を守るための常套手段ですし、現実問題として、上司との面談の際に録音する人はいます。ただ、「パワハラ未満」の状態で、上司と話をするたびに録音をするというのは行き過ぎだと思いますし、根本的な解決にはつながらないでしょうね。

――上司との関係はますます悪くなりますね。

録音する部下に対し、憤る管理職もいます。でも、録音の是非を問うのも、問題の本質ではないんですね。管理職セミナーでは、「録音しなければならないほど、あなたとの面談は危険だと感じている。その事実を理解すべきだ」とお話します。明らかに関係性が悪いわけで、そこを変えていくことをまず考えるべきだ、と。

――それはそうですよね。

本来、上司は個人的な感情を部下にぶつけることはしないはずですし、上司としてあるべき態度をとり、部下との関係を作っていけばいい。録音されたら困るというのは、かなり危ないことをやっているということ。「こいつ、録音してるんじゃないか?」と疑いながら、まともなマネジメントはできません。

処分を望まない被害者もいる

――社内の相談窓口に相談した後、一般的にはどんな対応がとられるんですか?

まずは、相談者の訴えの事実確認です。行為者に対してヒアリングをかけ、被害者と行為者の言っていることが一致すれば事実が認定され、処分の対象になるかどうかを判断します。

ただ、ここで大切なのは、解決策は会社が勝手に決めるのではなく、相談者は何を望んでいるか?ということです。担当者は相談者に対し、この相談によって不利益を受けることはないということを伝え、行為者のヒアリングの実施に対して許可を得る。困っている状況を聞いて、会社としての対応の方針を伝え、望んでいる解決法を聞くことが大原則です。

――対処の方法を被害者に聞くんですか?

話を聞いて、自分が置かれた状況を理解してもらいたいだけという人がいれば、行為者に注意してほしいという人もいます。顔を見るだけで精神的にきついので異動をしたいと望む人がいれば、上司本人への注意や懲戒処分を望む人もいる。希望どおりにできるかどうかは別の話ですが、相談者が何を望んでいるのかは聞く必要がある。解決を急ぎすぎて、会社が勝手に動いてはいけないんです。

ハラスメントの担当者の役割は、解決をすることではなく、あくまでヒアリング。被害者の主張を正確に聞き取ることが大事なんです。担当者が「解決しなくては!」となって前のめりになって、どんどん動いてしまうこともあるのですが、それは絶対に避けるべきです。

――パワハラ上司に直接、言わないでくれということもあるんですか?

珍しくないですよ。仕返しを恐れてそう言うこともあれば、この先、職場で気まずい思いをするのはイヤだからという人もいます。

――そういう場合はどうするんですか?

直接言わないでほしいと言われても、明らかに問題があったら、会社としても看過できません。その場合は、個人が特定できないようさまざまなやり方でアプローチをします。

全社的にアンケートをとったり、研修を実施して本人に気づきを与えるとか。あるいは、労務相談という形で人事が社員一人ひとりと面談をするとか。被害の訴えがあった事実を隠しながらも、行為者の行動を止めるための手立てを講じるわけです。

能力が高い人がパワハラを行う?

――なるほど。

ただ、難しいのは、今の時代にパワハラをする人というのは、能力の高い人が多いんですね。昔は十分な能力がなくても、役職についている人がいて、肩書きだけをパワーにパワハラをする人は珍しくありませんでした。

——そもそも、いま、仕事ができない人はポストにつけないですからね。

パワハラで処分される人は、たいてい抜群の営業成績をあげてきたとか、ものすごい頭脳明晰とか、何かしらの強い力を持っている人なんです。職務権限というパワーだけでなく、本来的にヒューマンパワーを持っている人ではあるんです。

――実力があるからこそ、パワハラをする。

能力を持っている人がパワハラをしているので、会社としては、そんな人物を切ってもいいのか? 貢献している人を処分して、会社のダメージはどうなるんだ? 会社に貢献している上司と会社に貢献していない部下、どっちをとるんだ?という選択になってしまう。結果、パワハラの行為者である上司への処分が甘くなりがちなんです。

――最悪だ。

ハラスメントの解決には、「能力」と「行為」を分けて考えることが大切なんです。が、組織は本当にこれができない。会社の人間だけで判断するのは危険なので、外部の専門家に入ってもらったほうがいい。事実を判断してもらい、法に照らし合わせて明らかに不当な行為が確認されたら、それに応じた妥当な処分とはどの程度のものなのか、意見を踏まえたうえで判断していくのが大事ですね。組織の判断はブレますから。

パワハラの相談を受けたら?

――個人的にパワハラ被害を相談されたら、どうしたらいいですか?

パワハラ相談の担当者の対応にも通じるのですが、まずは、丁寧に話を聞いてあげて、つらい思いを受け止めてあげる。そのうえで、具体的な話を聞き取っていきます。

相談のプロであるカウンセラーも、話を分解して聞き出していきます。いま、語られているのは、事実なのか、意見なのか、要望なのか、気持ちなのか。気持ちに対しては「大変だったね」と寄り添い、被害を受けたときと今の気持ちの変化を聞き出す。その人の体調面での変化やストレス反応の状態を探るんです。

前回、パワハラは「職場の多様な問題の集合体」であり、「極めて抽象的な言葉」だとお話ししました。その抽象的なものを、具体化していくわけです。

和田隆さん

――たとえば、どんなふうに?

いつ、どこで誰が、何を、なぜ、どのように行ったのかを確認しながら、たとえば、「指示されたことがうまくできず罵倒された」という事実があったとき、細かく聞き取ることで、じつは上司の指示が曖昧だったということがわかってくる。すると、マネジメントに問題がある、と原因までたどりつくことができます。

また、「サービス残業を強いられる」というのであれば、労務の問題ですよね。問題を明らかにしていくことで、対処法を探るわけです。

ただ、ここでも大切なのは相談者の納得感です。気持ちが楽になりたいというのであれば、話を丁寧に聞いてあげることでスッキリすることもあります。できることがあったら、サポートしてあげる。決して、自分の「正しさ」を押しつけないことが重要です。

――正しさを押しつけないとは?

前回も言いましたが、パワハラは感情の問題です。感情の問題に「正しさ」を持ち出すといいことはひとつもありません。パワハラをする上司を考えてみてください。部下を叱責するのは、「仕事なんだから、責任感を持つべき!」「結果を出すべき!」という思いがある。仕事に責任感を持つ、結果を出すというのは、「正しい」ことでもありますよね。でも、その正しさがパワハラの原因になっている。そこでまた、正しさを持ち出してもダメ。なにより大切なのは、相手の感情を理解することなんです。

――なにかと、「正しさ」が持ち出されがちですが、正しいことが正しくないこともある、と。

繰り返しになりますが、職場で起こっている「パワハラ」とされることの多くはコミュニケーションやマネジメントの問題で、「パワハラ未満」と言えるものです。これらは、上司と部下という関係の中で起こる感情。問題解決は、その関係性をどう変えていくのかです。人と人との関係性は変えることができるものです。

正しいか、正しくないか。白か黒か。パワハラかどうかの境界線ばかり気にして「パワハラ禁止!」と叫ぶよりも、「働きやすい職場」「良好な人間関係づくり」という前向きなアプローチのほうが、パワハラを生まない職場づくりの近道になると思いますよ。

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