「米国とイランの対立が早晩収束する」と金融市場が考える根本理由

令和になって初めて迎えた新年。今年2020年はオリンピックイヤーでもあります。例年よりも明るい気持ちで今年のお正月を迎えた方も多かったのではないでしょうか。

そんな国内の平和なムードを吹き飛ばすようなニュースが外電で伝わったのは、まだおとそ気分も抜けない1月3日のことでした。アメリカ軍が、イラン革命防衛隊のカセム・ソレイマニ司令官を、イラクの首都バグダッドで無人機攻撃によって殺害したのです。

これにより、米国とイランの軍事的衝突の可能性が一気に高まりました。中東情勢の緊迫化を受けて原油価格は急上昇。安全資産とされる金および米国債に資金が逃避し、長期金利が低下、リスク回避の円高も誘発されています。

こういう状況では日本株相場も売り圧力が強まるのは免れず、大発会の日経平均株価は451円安と急落しました。翌7日は米国株市場の反発、為替や原油相場の落ち着きを背景に大きく反発したものの、8日は複数の米メディアで「イランが米軍の駐留するイラクの基地を攻撃した」と伝わり、全面安の展開になりました。

本稿執筆時点(8日午前10時)では、日経平均の下げ幅は600円に迫ろうとしています。年初から波乱の幕開けとなったマーケットですが、はたしてこの先の展開はどうなるのでしょうか。


なぜ今、司令官を殺害したのか

イランは今回のソレイマニ司令官殺害に激しく反発しており、米国に対する報復を宣言。一方のドナルド・トランプ大統領もこれを牽制する発言をするとともに、中東に3,000人規模の派兵をするとしています。

こうした地政学リスクに由来する相場変調は見通しが立てにくく、予断を許しません。しかし、あえてメインシナリオを提示すれば、早晩収束に向かい、市場も落ち着いてくるだろうというものです。その根拠を述べるには、まずなぜこのタイミングで米トランプ政権はイラン革命防衛隊のソレイマニ司令官殺害を実行したかを考える必要があります。

一般的な解釈は、イラク国内にいる「カタイブ・ヒズボラ」というシーア派武装組織への対抗・自衛のためとされています。この武装組織は昨年11月と12月の2ヵ月間で、米軍施設とアメリカ大使館に対して11回の攻撃を仕掛けていました。これを支援していたのが、ソレイマニ司令官率いるイラン革命防衛隊でした。

ソレイマニ司令官は超重要人物なので、米国の歴代大統領は常にその動静や居場所を確認・把握してきましたが、決して手を出すことはしませんでした。万が一、司令官を殺害すれば、イランの反発と報復の激しさは計り知れないからです。

それをあえて殺害に及んだのは、トランプ大統領が「歴代大統領にはできなかったことを実行した」とアピールしたかったからでしょう。明らかに大統領選を意識してのことであろうと思われます。

<写真:ロイター/アフロ>

トランプ大統領が募らせた“焦り”の根因

その大きな背景は、アメリカ国民のおよそ4分の1を占めるアメリカ最大の宗教勢力、キリスト教福音派へのアピールでしょう。彼らの信仰の柱とも言えるのが「ユダヤ人国家イスラエルは神の意志で建国された」とするイスラエルへの支援なのです。

キリスト教福音派は前回の大統領選でトランプ氏当選の原動力となりました。その見返りが、エルサレムの首都認定と米国大使館の移転でした。福音派との蜜月関係の維持が、再選を狙うトランプ大統領の必須の課題です。

ところが、福音派の有力誌『クリスチャニティー・トゥデイ』は先月掲載した社説で、弾劾訴追されたトランプ氏の罷免を主張しました。同誌は、トランプ氏が政敵の評判を落とすために外国首脳に働き掛けたことは「憲法違反というだけでなく、極めて不道徳だ」と批判したのです。これにトランプ大統領は焦りを感じたのだと推測されます。

大統領選が行われる今年最初のトランプ氏の集会は、フロリダ州マイアミの教会でキリスト教福音派を集めたものでした。その集会が開催されたのが3日、イラン革命防衛隊のソレイマニ司令官を殺害したのと同日です。

イラン革命防衛隊のソレイマニ司令官を殺害し、イランとの対立の構図を際立てることで、イランと敵対するイスラエルへの肩入れ姿勢をアピールしたのではないでしょうか。

対立が早期に収束すると考える根拠は?

今回の背景があくまでもトランプ大統領の選挙対策であれば、本格的なイランとの開戦は望まないでしょう。大統領選の時期に戦争で、兵士といえども多くの国民を戦火にさらすのは批判を招くでしょうから、そのような事態は避けたいはずです。

イランにしても、米国と本格的な戦争に乗り出す余裕はありません。まず圧倒的な軍事力の差からして互角に戦えないのは誰の目にも明白ですが、それ以上にイランの内政が揺らいでいて、過去最悪ともいえるデモが頻発しています。国内が揺らいでいるので、とても国を挙げて米国と戦える状況にありません。

反政府デモは、米国の経済制裁による生活苦が背景です。ガソリン価格の高騰から、デモが激しさを増しました。そう考えると、ここで米国と対立し、さらに原油価格が上昇すると、それはイラン国内の不満を一層高め、イランの統治体制が内部から崩壊する可能性にもつながりかねません。

こうした状況を勘案すれば、米国・イラン双方とも妥当な落としどころを探りたいのが本音だろうと思われます。それが、この対立も早晩収束に向かい、市場も落ち着いてくるだろうというメインシナリオの根拠です。

<文:チーフ・ストラテジスト 広木隆>

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