アフガニスタンでの活動 同僚の死を乗り越え 10年で入院患者は30倍に

アフガニスタン・ヘルマンド州。国境なき医師団(MSF)は州都ラシュカルガにあるブースト病院を支援している。2019年11月には活動10年を迎えた。同院でのMSFの活動は、アフガニスタン保健省支援の一環で、この10年で病院を利用する患者数は増加。州内唯一の拠点病院として、100万人の住民の健康を支えている。 

同僚5人の死を乗り越えて

アフガニスタンでは2004年、バドギース州でMSFスタッフ5人が殺害される事件が発生。事件を受けてMSFは活動中止にしたが、紛争に加えて医療事情が全体的に悪化したことを受けて5年後の2009年に活動を再開した。

当時、ヘルマンド州南部は紛争被害が最も大きかった地域の一つだった。ラシュカルガのプログラムは、アフガニスタン国内で2番目に大きいMSFの医療援助活動。病院を再び活性化させ、ヘルマンド州の人びとに質の高い無償の医療を届けることを目的としていた。「MSFがブースト病院に来た2009年当時、病院のベッド数は150床で患者は20人しかいませんでした」と、MSFプロジェクト・コーディネーター、マセラ・クラーイは話す。

「現在では400床ほどあり、900人余りのスタッフが毎月数千人の患者を診ています。2009年~2019年にかけて、ブースト病院で最も大きく変わったのは、あらゆる意味で、常にリソースがあるということです。建物は改修され、スタッフは増え、研修も多く開催されるようになり、備品もいつでも備わっています」

現在、ブースト病院は地元住民100万人ほどの健康を支えている。州内唯一の拠点病院にして、アフガニスタン南部に2カ所しかない保健省管轄病院の一つでもある。MSFはブースト病院の全部門を支援。救急、外科、産科、小児科、内科診療を行っている。

 

10年で入院患者は30倍に

18年間も戦闘が続いているアフガニスタンでは今も、インフラや住居、医療や教育など、多岐にわたる人道援助ニーズがあるが、対応が追いついていない。最も弱い立場にあるのは女性と子ども。他の人たちに比べて、より深刻な紛争被害に遭っている。

2019年にMSFは、ほぼすべての部門でラシュカルガの活動を拡大した。院内にあるベッドの使用率は、しばしば100%と満床を記録。月別の入院患者数は、2009年は約120人だったが、2019年には3500人と、この10年で約30倍に増加した。

栄養失調の治療を受ける生まれたばかりの赤ちゃん © Elise Moulin/MSF

栄養失調の治療を受ける生まれたばかりの赤ちゃん © Elise Moulin/MSF

子どもも多く来院している。2019年1月~9月には、約6万8000人の子どもがブースト病院で治療を受けた。そのうち3392人は、栄養失調だった。栄養失調は、貧困やはしかなどの風土病にかかったことによるもので、ヘルマンド州では5歳未満児死亡率の主な原因にもなっている。

「この子はすごく調子が悪くて。母乳も、出産後1カ月で出なくなってしまいました。医師には粉ミルクを買うよう勧められましたが、ボトル1本でも600アフガニ(約828円)します。家計に余裕がない我が家では厳しく、250アフガニ(約345円)のだけ買ってすませていました。でも子どもの調子は一向によくならないので、ブースト病院へ行くことにしたのです。着いたら息子は栄養失調で、すぐに治療が必要でした。ようやく回復の兆しが見えてきましたが、村に帰った後はどうなるのかと心配しています」と、患者のマラレイさんは話す。

手術前の妊婦を診察するMSFの医師と看護師 © Elise Moulin/MSF

手術前の妊婦を診察するMSFの医師と看護師 © Elise Moulin/MSF

産科病棟では、2019年1月~9月に、1万3208人の女性が入院した。そのうち5218人は合併症のある分娩だった。だが、合併症のある分娩をした女性は、手遅れの状態になるまで来院できないことが多い。妊娠・出産といった普通の医療処置の中で、産科病棟のスタッフが紛争の災禍を目の当たりにすることもある。

「自宅出産し、大量に出血したため、来院した時に、既にショック状態という患者さんが多いです。病院到着時には、既に具合が悪くなっているので、回復は容易ではありません。今月は、5人の女性が、来院してすぐに息を引き取っています」とブースト病院に勤務する婦人科医、リタ・アレクサンドラ・バティスタ・ルス・マニョは話す。 

紛争…貧困…医療機関での受診を阻む壁

ブースト病院内にあるNICU(新生児集中治療室)© Elise Moulin/MSF

ブースト病院内にあるNICU(新生児集中治療室)© Elise Moulin/MSF

紛争は人を傷つけるだけでなく、医療機関の受診も難しくする。人びとは毎日のように、地雷、爆弾、戦闘、銃撃戦に巻き込まれるなどの危険と背中合わせで生きている。病院に来て、病院から帰るだけでも、大きなリスクにつながる。

「ラシュカルガでは、遠方から長時間かけて病院に来られた患者さんもMSFは診ています」とアフガニスタンでMSFの活動責任者を務めていたミーア・ハイデンベアーグは話す。
「検問所や、道中の危険に対応するため、来院までに時間がかかってしまいます。来院した時には、かなり症状が進行していて危険な容態になっている人が大勢います。ようやく病院にたどり着いた後も、治療を中断して帰宅してしまう人も多いです。少し安心したか、タクシーを待たせておく費用がないからと言って……」

また、貧困も医療機関の受診の壁になっている。薬代などの診療費だけでなく、交通費や通院費を出せない人も多いからだ。活動を再開して10年になるが、今も現地では医療・人道援助へのニーズは変わらない。ヘルマンド州で一刻も早く、質の高い、適正な価格の医療を普及させることが求められている。 

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