「身も心も限界」23歳男性が過労自殺 新国立競技場の急ピッチ建設で「残業190時間」

夜の新国立競技場(2019年12月21日、東京都)

 神宮の杜(もり)に巨大な施設が浮かび上がった昨年12月21日夜。まばゆい照明が降り注ぐ真新しい陸上トラックで、男子100メートル世界記録保持者のウサイン・ボルト(33)や障害のあるランナーらがバトンをつないだ。人気アイドルグループは歌を披露。コンサートでも使えることを周知した国立競技場は、6万人の熱狂に包まれた。「またここに戻ってきて走りたい」。陸上短距離で東京五輪出場を狙う桐生祥秀(24)=滋賀県彦根市出身=は、リレー後の会見で決意を語った。

■着工遅れ急ピッチ

 総工費の膨張で旧計画が白紙撤回されるなど混乱の末、産声を上げた東京五輪・パラリンピックの主会場。予定より約1年2カ月遅れの着工だったが、急ピッチの36カ月で工事が完了した。設置本部長を務めた日本スポーツ振興センター(JSC)の今泉柔剛理事は、約束した工期を守れたとアピールし「人と社会、地球に優しいスタジアムとなった」と胸を張る。
 ただ、完成に至るまでに大きな代償を払ったことを忘れてはならない。
 工事開始から約3カ月後の2017年3月。「身も心も限界な私はこのような結果しか思い浮かびませんでした」。当時23歳の男性が、小さなメモに直筆でこう書き残し、姿を消した。過労自殺。後に、長時間労働で精神障害を発症したとして労災認定され、競技場建設工事の過酷な労働状況が明らかになった。
 男性は大手ゼネコンの下請けに入った建設会社の新入社員だった。研修を経て16年12月、地盤改良作業を管理する立場で競技場の工事現場に配属された。17年1月31日から失踪前日の3月1日まで、30日間の時間外労働は190時間18分。過労死ラインとされる月80時間の2倍超。元日から1月30日も160時間を超えていた。
 作業着のまま倒れ込むように自宅で眠る日々。「4時15分に起きます」。仕事帰りだろうか。午前1時過ぎに家族へ送った起床時間を伝えるメールは、追い詰められた状況を物語る。

■複数社で違法労働

 JSCは「新計画の工期は改めて設定した。3年間という工期自体は(旧計画白紙撤回の)あおりを受けて圧縮されたものではない」と説明する。一方、遺族は「重機が予定通りそろわず、工期が遅れていると息子から聞いた」。厚生労働省は、工事に関わる複数の会社で違法な時間外労働を確認し、是正勧告した。遺族の代理人弁護士は「国家的行事だからといって命が犠牲になることはあってはならない」と強調する。
 「2度とこのような不幸が繰り返されないように、深い反省の下、労働環境の改善に力を尽くしてほしい」と願う遺族がつづった手記は、こう締めくくられている。「東京オリンピック・パラリンピックが無事に開催されることを切に願います」=敬称略

<シリーズ:ゆらめく聖火 東京五輪の風>

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