帝京長岡「守護神」猪越が下した決断 親友の想いを背負い挑む「日本一」への挑戦

1月5日、等々力陸上競技場で開催された第98回高校サッカー選手権大会、準々決勝。この日2試合目のカードは帝京長岡高校と仙台育英高校が対峙した。

15歳で地元・仙台を離れる決断を下した帝京長岡GK猪越優惟。偶然にも交差した“決断者”の不思議な因縁とは?

(文=土屋雅史、写真=Getty Images)

あそこで「こういうこともあるんだぞ」と学べた

第98回高校サッカー選手権大会、準々決勝。帝京長岡高校と仙台育英高校が対峙する一戦。前者の守護神を託された猪越優惟は、特別な想いを抱いてこのゲームに臨んでいた。

中学生時代の猪越は、香川真司を輩出したことでも知られる、宮城県仙台市に本拠を置いたFCみやぎバルセロナでプレー。実力派のゴールキーパーとして県内でも注目を集める存在になっていったが、進路を考える段階になると自らが思い描くような状況は訪れなかった。

「正直に言うとオファーが来なかったんですよね。県外の強豪高校のセレクションも受けたりした中で、全然呼ばれることはなくて……。宮城の高校も何校か誘いがあったんですけど、選手権に出られるようなチームじゃなくて。そんなタイミングで帝京長岡に声を掛けてもらって、しかも良い評価をもらったので、すぐに『行きます』と答えたんです」

誰一人知り合いのいない土地で高校生活がスタートしたが、まずは長岡の気候の洗礼を受ける。「学校の校舎の1階くらいまで雪が積もったりして、『新潟ってこんなに降るの?』と思いましたし、夏は仙台より全然暑いので、『コレ、ヤバい環境に来たな』って思ったんですけど(笑)、それで鍛えられた感じですかね。冬の間は練習が1週間雪かきという時もあって、メッチャ大変でした」。

とはいえ、良い意味で上下関係がなく、楽しい雰囲気がこのチームの特徴。「本当に先輩も優しかったですし、同級生もみんな明るくて、そこには本当に助けられました」と猪越も笑顔で思い出す。自身も2年生になるとレギュラーを獲得し、高いレベルでの切磋琢磨を続けていくと、選手権は飛躍の大会となる。17対16という大会史上に残るPK戦も経験し、チームも同校最高成績タイとなるベスト8へと進出する。

2019年1月5日。等々力陸上競技場。帝京長岡の選手たちは悔し涙に暮れていた。自信を持って挑んだ準々決勝。前半にキャプテンの信じ難いミスで失った1点を返せず、尚志高校の軍門に降る。猪越もただただ自分のパフォーマンスが許せなかった。「頼りがいのある選手だったからこそ、ミスすると思っていなかったので、自分の準備も悪くなってしまって。あそこで『こういうこともあるんだぞ』と学べてから、常に準備することは忘れずにやっています」。雪辱を期して、スタジアムをあとにした。

高校サッカーの舞台で実現した“親友との再会”

今シーズンも決して順風満帆な1年だったわけではない。全国高等学校総合体育大会サッカー競技大会(総体)予選では準決勝で日本文理高校にPK戦で競り負け、全国出場を逃してしまう。北信越王者として臨んだ高円宮杯 JFA U-18サッカープレミアリーグ 2019 プレーオフでも1回戦敗退。日本最高峰の舞台へのチャレンジは、またも実らなかった。それでも苦しみながら、選手権の全国出場権は確保する。すべてはあの日に超えられなかった、あの場所へ帰るために。その先の景色を目にするために。

2020年1月5日。等々力陸上競技場。猪越は特別な想いを抱いてこのゲームに臨んでいた。高校選手権準々決勝。相手は仙台育英。約束の場所へ帰ってきただけではなく、対峙するのは自らの故郷である宮城のチーム。しかも相手のセンターバックには「猪越は中学校が一緒のチームで、家に泊まりに行ったりしたこともあって、メッチャ仲が良いんです」と明かす、親友の中川原樹がいた。

「ずっと地元のチームと対戦したいという気持ちはあって、樹にも『絶対勝ち上がってこいよ」って言っていたら、本当に勝ち上がってきてくれて、メッチャうれしかったです。仙台育英が3回戦に勝ったとわかった時から夜も眠れなくなっちゃって、ずっと心臓もドキドキしていて、すごく楽しみでした」。不思議な因縁に彩られたピッチが猪越を待っている。

スコアは開始1分で動く。キャプテンの谷内田哲平のゴールで帝京長岡が先制。猪越もファインセーブで失点を許さない。後半は押し込まれる時間も続いたが、守備陣の奮闘で最後までゴールは割らせず、試合終了の瞬間を迎える。「去年尚志に負けてから、この1年間は『絶対ここに戻ってこよう』ってチーム全員で話していたので、同じ場所で、同じ日に、同じ時間で、しかも東北の代表に勝てて、うれしさが爆発しましたね」。猪越とチームメイトが1年越しで願ってきたリベンジは、これ以上ない形で達成された。

「もうこれで負けたら帰省する気はなかったです。このままどこかに行ってしまおうと思っていたので(笑)、勝てて良かったです」と笑った猪越は、続けて“親友”とのやり取りも口にする。「試合前にもLINEで『明日楽しもうな』って話したりしていて、去年もここで0-1という同じような展開で自分たちは負けていますし、彼らの気持ちもわかるので、『本当にありがとう。マジでいいゲームだったな。オマエたちの分も頑張るよ』と声を掛けたら、『頼むわ』と」。

中川原も悔しさを噛み締めつつ、改めて“親友との再会”に想いを馳せる。「お互い同じ高校サッカーを選んで、こんな舞台で当たれるなんて自分は思っていなかったので、本当に楽しかったですね。最後に負けた相手が友達の猪越がいるチームで良かったです」。

地元の想いを背負い青森山田に勝ってこその「真の日本一」

宮城の友人たちも言うまでもなく、この一戦には注目していたという。「メッチャ連絡がきました。『でも、こっちは宮城を応援するから』って言われて、『別にそれは構わないけど、勝つのはオレらだよ』って言っていて。みんな見てくれていたと思うので、宮城のチームに勝ったというのが個人的にはメチャメチャうれしくて、これで帰省はできますね(笑)」。大会後の“同窓会”には、さぞかし色とりどりの話題の花が咲き誇ることだろう。

準決勝の対戦相手は青森山田に決まった。名実共に高校年代で最強のチーム。相手にとって不足はない。「青森山田に勝たずに日本一になっても、たぶんそれは日本一と言えないと思うので、相当楽しみです。埼玉スタジアム(2002)でやるのも初めてですし、仙台育英だったり、青森山田に負けた富山第一(高校)の分まで勝って、日本一になりたいなと思っています」。待ち望んできた大舞台で猪越がどれだけ躍動するのか、今から楽しみでならない。

15歳で宮城を飛び出した決断が、正しかったのかどうかはきっとまだわからない。たとえ日本一に輝いたとしても、輝けなかったとしても、その結果ですべてが肯定されるわけでも、否定されるわけでもないだろう。だが、猪越はおそらくわかっている。その決断の意味を証明するための時間は、まだこれから十分過ぎるほどに彼の未来の先へ広がっていることを。

<了>

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